TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[1-10]

「えっとね」
「うむ」
「…忘れちった。あはは」
　だってしょうがないじゃん、僕、人の顔は覚えられるけど、名前覚えるのって苦手なんだもん。なんかやたら長い名前だったくらいしか覚えてないんだもん。
「あのな、お前な…」
　言いかけて、ぶん、と腕を振るモナーク。んん？
「…いい。覚えてないんならしょうがねえ」
　およよ。あっさりあきらめちった。いいのかな？　お姉さん、なんぱするんじゃなかったのかな…？

　それから2階層目をね、進んで行ったんだ。大きな石がごろごろしてた辺りを抜けると、今度は普通に石の床が続いてる。
　アカリホが2匹だけ出てきたんだけど、僕が身構えるとささっと逃げちゃった。その後にもう一回、今度は1匹だけ、後ろ足だけで立ち上がってふんかふんか鼻鳴らしながらこっちを見てたんだけど…やっぱり逃げちゃった。
「ああ、もう…」
　なんか、くやしい。
「その方がいいだろ。ほれ、さっさと進むぞ」
　モナークはこう言うんだけどね。そりゃあ変な動物とかに会わない方がいいんだろうけどさ。やっぱりねえ…なんか、こう、たぎるものがねえ…こんな暗い迷宮の中でねえ、石だけだとねえ、なんか…もの足りない？

　と思ってたらモナークがまたちょちょっと僕のえりを後ろから引っ張る。おっとっと。
「？　どしたの？」
「カウントだ」
　…って、何も…。
「これはお前じゃ無理だ。カウント。ドウケツクサビラ…1」
　すっと前を指す。…んー…天井…壁、壁、床まで…え…何だろ…あれ？　なんか…どろっとべちゃっとしてて…？
「メソッドは『冷やし水』だ」
　なんだかよく分からないずるずるっとした塊。天井から壁、床にまで広がってる。うーん…よく見ると…透明なのかな？　んにゃ、ちょっち緑がかってるんだ。よくさ、駄菓子屋なんかの砂糖菓子でさ、こういうきらきらした透明っぽいのがあるじゃない？　そんな感じ。キレイなんだけど、うーん、これはちょっとできそこないってとこなのかなあ…
「おっと。触るなよ」
　今度はモナークに腕、掴まれちった。
「こいつには毒がある。うかつに触るとしばらくは痺れが取れねえ。…もう引き返したいのか？」
「まさか」
　ぶんぶんと首を振る僕。そりゃあ、そうに決まってる。まだ3階層目にも行ってないってのに。

　モナークは背中の荷物を降ろして、中から頑丈そうな細長い小さな箱を二つ、取り出した。何だろう？　…あ、母さんの雑貨屋で見たことある。薬ビンが割れないように固くした皮のケースだ。それが…二つ？　もしかしたらモナークの荷物の中にはこんなケースがいっぱい入ってるのかな…？
　一つ目を床に置いて。もう一つの栓をゆっくりと開ける。
「…よし。まだ使えるな」
　開けたビンを持って、その…ナントカカントカに近づく。…大丈夫？
　そして、ビンを静かに傾ける。どろどろっとした水かな、なんかそんなんがナンジャカンジャにぼとぼと落ちる…。
「そっちのビンを開けてくれ」
「あ、うん」
　床に置いてたやつ。ラベルがある。えっと…キジ…キジナ…キジナ…ミ？
「開けたらそのまま渡してくれ」
　視線は向こうにむけたまま。手だけこっちに差し出してるから、僕はビンを手渡したんだけど。モナークは受け取ると、すぐにキなんとかの入ってるビンを、どばーってかけてしまう…。

　するとね。あれだけ透明っぽかったウンタラカンタラがね、すううう…っと白く固まっていくんだ。床から壁へ、それから天井へ。うわ、全部が白っぽくなって…ちょっとびっくりだ…。
「もういいだろう。先へ進むぞ」
　荷物をまとめて平気な顔でひょい、と白くなったウンヌンカンヌンをまたいじゃうモナーク。
「え？　いいの？」
「もう問題ねえよ。これは『冷やし水』っつってな。カンタロスとキジナミ液を混ぜるとできる薬だ。効果は…まんま冷やすだけだ。凍ったりもしねえ。本来は応急処置に使ったりするんだが、ドウケツクサビラは寒さに弱くてこうされると一日動けなくなる。追ってくることもねえんだ、これで」
「…これ、追いかけてくるの？」
　ただのべとべとじゃないの？
「来るさ。ほんの少しずつ少しずつ、目に見えない程度だがな。恐らく目もねえから当てずっぽうなんだろうよ。でもな、その当てずっぽうで毒にかかっちまったら元も子もねえ。だから用心のためにこうやって動けなくしておくんだ」