TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[1-12]

　どうしたってんだ…？　なんで頭なんか抱え込んでんだ…？　こいつは？
　…まあ、いいか。俺ももう少し余分に汲んでおこう。先々で役に立つことが多いからな、水ってのは。

　ところで…この『一番目の泉』は見ての通り椅子くらいの石が受け皿になってる。ぱっと見た感じでは誰かが削り取ってこんな形にしたようになってるようだろ？　でもこれは誰かが石を加工してやったんじゃないらしい。
　近くに川も何もない、ただの原っぱのど真ん中なんだが、どこかからか地下水の水脈みたいなものが地中のこの近くに来ている…ってこないだ会った学者が言ってた。で、地上で降った雨水の何割かはその水脈だか何だかに向けて流れ込んでるってことになってる。そのうちの一部が迷宮の周辺の土壌にたまっていてしみ出してくるんだと。いやいや、水脈どころではなく、地下をとうとうと流れる巨大な川があってそれへ流れ込む支流の一つがここいらにある…とか話まであるんだってよ。
　別によ、どんな話でもいいんだ、実際のとこは。でもこういうところに水場がある…ってのは相当に便利だぜ。地上から水を運び込まないといけねえ…とかそんなんだとかなり面倒だ。運ぶ方の身にもなれってな。重いんだ、水は。まさか喉が渇いたからっていちいち地上に戻るわけにもいかねえしな。

　でもなんでこんな場所に…てのは疑問っちゃあ疑問だわな。
　迷宮を造った連中がここを水場にしよう、ってことでわざわざどこかから水を引いてくるとは思えねえ。何しろ迷宮の石壁の一部が崩れて割れ目になってるんだからな、せっかく作ったもんをぶっ壊してまで作ったとは…とても、な。それに『一番目』ってだけあって水場はここだけじゃねえ。どれもこれもこんな感じで壊れたり割れたりしてる石壁から湧いている。偶然何かの拍子でここから水が沁み出してきたってのが真実なんだろうよ。
　そして…ここ、『一番目の泉』じゃあ、ぽたぽたと滴り落ちる水の下に誰かが石を置いてったって話はかなり昔からサポーターの間じゃ知られている。置いたその時は普通の四角い石だったって話なんだ、これが。
　それが今じゃこんな滑らかな、まるで深いスープ皿みたいになっちまってる。落ちてくる水が削ったってことになってるんだ。たしかに…こんなに見事な腕前の彫刻家はそうそういねえだろう。いたとしてもこんなとこまで来るもんなのかねえ…？　いや、見事なもんだぜ、まったく。

　こいつは、落ち着いてきたのか、ふう、と俺の横でため息ついて座り込んじまってる。俺は…座らない。きちんと休める場所ならともかく、こういう場所で腰を落とさないのは長時間動作する場合の取り決めみたいなもんだ。サポーターなら誰でも『根が生えるから座るな』って教わってきたもんだ。
　本当ならこいつにも教えとくべきなんだろうが…まだ2階層目だしな。もっと深くにまで潜るんならともかく10階層目くらいまでじゃあ、そこまで疲れることもないだろうよ。
　だから俺は壁によりかかるような格好で荷物の整理にとりかかる。もちろん、出発する前にどんなものが入ってるか、何が必要か、とかそんなことは把握してある。特に今回は依頼主がルートセラーだからシューターなんかの武器も持って行かないといけねえ。さらに今回はこんなバカが依頼主だから、それなりに豊富な薬材や薬品も持っておかないと。さっき使ったカンタロスとキジナミ液なんかはそれほど高いもんじゃねえ。だが、値段の高いものだけが必要になるってわけじゃねえ、ってのは迷宮に限ったことでもねえだろ？　本当に必要なもんだけをきちっと選ぶ必要があるってのはどこでも同じってこった。余計なものを担いで余分な苦労まで背負い込むのは当人の勝手だが、それで周りにまで迷惑かけちまうようなら考え直せ、ってな。

　…よし。資器材に問題はねえな。

　もちろんさっきドウケツクサビラに使ったからカンタロスとキジナミ液が若干量減っている。でもそれくらいは想定してるさ。使うためにここまで持ってきたんだから使う時は使う。価格考えたりもったいねえとか感じたりするのはいけねえことだ、とまでは言わねえさ。でもタイミング逃がして本当にやばいことになるくらいなら、多少の損失ひっかぶる気で思い切って使っちまった方がいい。少なくとも俺はそう思うね。…いや、むしろそう思わないと迷宮では生き残れないのかも知れねえな。場合によっちゃ持ってるもん全部使い切らねえと生きて戻れない…とかそんなことだってあり得るんだ。

　何があってもおかしくないのが迷宮でもある。地上の常識に、ほんのちょっとの非常識を加えた場所でもあるんだ…ここは。

「…おい、寝るなよ」
「まさか。眠るわけないじゃん」
「そうか…そろそろ行くか。それとも何か食べておくか？」
　携行用の干し肉やドライフルーツも用意してある。がっつり食べるわけにはいかねえが、全然食わねえってわけにもいかねえもんな。水が確保できるってのは本当に助かるんだ。
「ううん、今はいいや。…さって、と」
　ひょいっと跳ね上がるように立つ。
「さ、行こ？　3階層目ってまだかなあ？」
　俺は背中の荷物を背負い直す。
「まだだ。もう少し先に階段があるんだがな」
「じゃあ…早く早く！」
　…やれやれ。いい気なもんだな、こいつは。