TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[1-14]

　おいおい。そんなに急ぐ必要もねえんだぞ。慌てたらかえって危ねえし、何より3階層目へ行ける階段がすぐそこにあるってわけじゃ…って、聞いちゃいねえ。とっとと駆け出してしまうんだ、あいつ。
　まあ、こいつなら特に問題もねえだろ。別にこのルートじゃなくても2階層目から3階層目にもっと安全に行けるルートだってあるにはあるんだ。ただ、『一番目の泉』に一番近いA8-2-5って階段があってな。そこへ行くにはこういう文字通りちょっと危ない橋を渡らないといけねえ、ってそれだけだ。

「おーい、モナークー、何してんのー？」
　…早ええ、もう渡っちまったのかよ…。

　幅は本当に人一人が通れるくらいだ。…別に高いところが苦手ってわけじゃねえけど、気にはなっちまうな。何せ下は真っ暗で何も見えねえ。コチュウゴケ程度の光じゃあ、全然見えねえんだ。
　この2階層目に崩れた石がたくさん転がってるエリアがあったろ？　そうだ、あのアデレードがいた辺りだ。あそこの上、つまりすぐ上の1階層目の床が崩れちまってるからああいう風に石ばかりになってるんだが…その崩れた1階層目てのもこんな感じになってる。ただ、あっちは1階層目ってことでほとんど外みたいなもんだからな。こんな夜中ならまだしも、日中に来ることができればこことは違って底もきちんと見えるんだ。
　警備隊の案内付き、つまりはマイノス王国からも一応承認はされている観光ツアー、てのがあってな。
　これは迷宮内には一切立ち入らない。立ち入らないから禁止もされていない。何を見るんだ、ってえと…1階層目の上、0階層目とでも言ったらいいのかね？　そこにもいくつか崩れた石像やら朽ちた建物跡みたいのがあるんだ。そういうのを見学するわけだが…実はそんな中にちょっとした裂け目みたいのがあって（地獄の裂け目とか言われてるんだと）、そこから1階層目を覗くことができる。さらに太陽の位置が良ければ2階層目までも覗くことができるんだ。俺らがさっきいたあの石だらけの場所だ。あそこを、ほんのちょろっとだけだが覗くことができる、ってわけだ。
　…それに意味があるのか、って？
　そりゃあ、マイノス王国が公式には認めてない迷宮内なんだ。そこを覗くことができる…ってのは一部ではかなり珍重されてるらしいんだ。何せ2階層目まで覗くことができるなんてのはまずないからな。
　まあ…0階層目の遺跡だか遺物だかってのは実はミノマリナ迷宮とは全然関係ねえ、ってな噂もあるんだがな。それでも結構人気のツアーなんだと。俺たちみたいに迷宮の中にまで入っちまうサポーターにはあまり関係のねえ話だがな。

　ここは壁に鎖が通っていて、こっちとあっちを繋いでいる手すりみたいになってる。昔々にここを通った連中が打ち込んで行ってくれたものらしい。太くて頑丈な鎖だ。引っ張ってもびくともしねえ。それが一定間隔で壁に打ち込まれてある。一体誰が、いつの頃に仕込んだものかは分からねえ。それでも錆びがほとんど浮いていないってことは相当な人数がここを渡る時につかんでいった、ということになる。
　俺もその中の一人なんだが。
　あのバカはそんなもんに関係なく、飛び跳ねるように渡っていきやがったがな。

「モナーク、おっそーい」
「…お前が早すぎるんだ」
「でさ、3階層目は？」
「そこの角を曲がってちょっと行ったところに階段が…って、待て待て待て。慌てるなっつったろ？」
　一気に駆け出していきそうなのを、襟首捕まえることになんとか成功。なんでこいつはこう落ち着きがないんだ…ったく。
「えー、だってさ、早く行きたいじゃん？」
「気持ちは分かるが、焦るな。焦るとろくなことにならんぞ？」
「ふえーい…」
「少し深呼吸でもしてろ。俺はもう一度地図を見直しておく」
　すう…はあ、すう…はあ、とやけに素直な奴だな。俺はもう一度地図を取り出して…ああ、確認するまでもねえな。ちょい先の角を曲がればA8-2-5の階段だ。結構早めに3階層目に着けそうだな、これなら。
「よし。じゃあ、行くぞ」
「すう…え、もういいの、んじゃあ…行っけー！」
　結局駆けて行くのな。まあ、そんなに遠くじゃねえから問題はねえか。

　…3階層目。とは言っても2階層目とそれほど違いはねえ。ただ、そこらのコチュウゴケの生育にむらが出てくるようになってる。なぜだかは知らんけどな。だから結構明るい場所とそうでない場所がはっきり分かるようになってるんだ。
「…あ、明るい…」
　A8-2-5の階段を選んだのにはもう一つわけがある。この階段周辺が一番明るいんだ、3階層目の中でも。さすがに日の光とか月光とかには勝てねえが、それでも薄暗かった2階層目よりは相当に明るい。…初心者だからな。こういう安心できる場所の方がいい。
「さっきの泉ほどじゃないけど、こういう場所もあるんだね？」
「ああ。だが気をつけろよ。3階層目からはさらに遺跡っぽくなってくるからな」
「いせきっぽいって？」
「トラップが出始めるんだ。まあ、この辺はまだそんな大掛かりなもんじゃねえけどな。だから、不用意に飛び出すな。これまで以上に慎重に行くんだ」
　と言うと…うん、とうなずくこいつ。どこまで分かってるんだか、ちょっと謎だ。