TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[1-16]

　えっと…なんで？
　それしか言いようがない。だって…そんなに広くないこの部屋の中に、ゴザ敷いて座ってるおじさんがいるんだもん…。

　にやっと笑ってみせるそのおじさん。コチューゴケが天井一面に張り付いているし、おじさんの両脇にもランプみたいに置いてあるから、結構明るい。そりゃあ、町中ほどじゃないけど。
「ミノマリナは初めてかい？　3階層目の1号店にようこそ」
　エギアの路地とかで行商してるおじさんがよくこんな笑い方するんだ。人懐っこいんだけど目は真剣、と言うか真面目と言うかね。目尻は下がってるんだけどきちんとこっちを見て観察してる、みたいな。でも別に警戒する必要もないんだよ？　おじさん達はトリヒキとかショーバイとか、そういうことをしたいだけなんだからさ。そこら辺はうちの母さんも同じかな。なんか一本筋を通すってかなんかそんなのね。
　うーん…でも、ここもゴザの上には商品らしいのが並んでてやっぱり「店」っぽい。でもでも、ここってミノマリナ迷宮の3階層目、つまりは地下だよね？
　僕たちとおじさんの他に人はいない。もうかるのかな、こんなとこで店開いても。

　モナークはそのおじさんとすぐに話し始めちゃった。なんか知り合いみたいだ…。
「親父さんは元気か？　ここんとこ穴ぐらばっかでクレータには戻っちゃいねえからな。じきに戻るからその時は飲もうや、って伝えておいてくれや」
「ああ？　自分で伝えろよ。メッセンジャーだっているんだろ？　こんなとこで金けちるなよ」
「つれねえ野郎だあなあ、相変わらず。昔のよしみでちょっとは値引いてやろうかと思ってたが、やめだ」
「どうせ最初から値引くつもりなんざねえくせによ」
　おお。おなじみさんと店の人の普通の会話だ。…と、おじさんがこっちに、やっぱり、にやっと笑って見せる。さっきよりはいくぶん優しそうに見える。
「嬢ちゃんはルートセラーかい？」
「え、あ。うん、はい」
　額の組合旗をちょちょっと直したりして。意味ないねえ。
「初めてってことはここの仕組みも何も知らねえんだろ？　こいつは見ての通りの唐変木でぶっきらぼうだからな、どうせ何も教えずにここまで来たんだろ？」
「ここに来てから説明するつもりだったんだよ」
「どうだかな」

「いや、モナークってば結構色々と気、使ってくれてると思うんだけど…」
　何気なく、ね。何気なくつぶやいたんだけど部屋の中だから二人にも聞こえちゃってさ。
「ほほう？　おいおい、珍しいな。お前のそういうとこまで気付く客がいるとはな…怒らせて途中で帰しちまったこともあったっけな。あれは…2年前だったか？」
「言うな。あんまり思い出したくないんだ」
「へへ。そうかい。…嬢ちゃん、サポーターてのは大抵こんなろくでもねえ連中ばかりなんだ。根はいい奴なんだが見た目がな。ま、悪いやつはいねえからこれからも仲良くしてやってくれよ」
「はあ」
　モナークって厳しいけど、そんなにロクデモナイのかなあ…僕にはそこまでは、ちょっと分からないや。

　んん、と軽く咳払いするモナーク。
「じゃあ、説明するぞ。いいか？」
「うん」
　おじさんは面白い見世物でも見るような顔してる。…なんか笑ってるんだけど、さっきよりももっと優しい目になってる。
「ここが店ってことは何か買えるってこった。…こいつはいくらだ？」
　ゴザの上の、えっと…何の実だっけ…。
「キロの実なら一つ銅貨3枚てとこだな」
「高い…」
　思わず言っちまったけど。でもでも、エギアのうちの雑貨屋で、キロの実は一つ銅貨1枚で売ってるんだ。すると
「ああ。高いんだ。でもそれは仕方ない。ここまで運ぶ分の金も入ってるからな。これから先はどんどん高くなって行く」
「え。店って、まだ先にもあるの？」
「おいおい…言ってたろ？　ここは3階層目の1号店だ。3階層目には5つの店がある。下の階層行けばまた別の店がある。…俺が潜った一番下、50階層目にも店はあるんだ」
「経営してるのは全部違うやつだよ。俺はここだけで営業してる」

　ほええ…なんかすごいな。まさかこんな場所でも店開けるとは。しかもたくさんの人が。
　僕もルートセラーだからね。ルートセラーが行商もするってのはよく知ってる。薬協支部に入り浸ってた頃はそういう人たちに会ったこともあるし。そのうち僕も…とは思ってたんだけど。なんかね、チャンスがなかったって言うか母さんの店手伝ったり父さんの相手したりしてるうちに、ね…。