TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[1-17]

「で、だな。ここで重要になってくるのが…」
　っと、ドアが開きやがった。別の客か。まだ3階層目だからな。来るやつも結構多い。

「おやじさん、久しぶり」
「久しぶりでもねえな」
　軽く手を上げながら入ってきたのは…
「なんだ。ヤーネンじゃねえか」
　こいつは俺と同じDランクのサポーターで昔から、どころかガキの頃からの馴染みなんだ。どこか抜けた奴って言うと失礼かも知れんが、とても丁寧で分かりやすく教えてやれるいい奴なんだ。…が、やけに身軽だな、おい。背中に何も背負ってねえってのは何なんだよ。コチュウゴケの詰まった筒と杖だけって、どんなサポーターだ？
「…おろ。モナークかい？　こっちはほんとに久しぶりだねえ…ほら、挨拶しておきましょうよ先生」
　先生ってことは学者か…それとも地位の高い奴か。ドアをくぐってきたのは小柄な男。
「はいはい。いやあ、荷物が多くてね。はは、すまない。私一人ではどうしてもね」
　見た目は年喰ってそうなんだが、そうでもないのか？　ちょっと年齢が読めねえな。何？　…荷物か、ありゃ？　おいおい、依頼人が全部背負ってんのかよ…？　えらい量だぞ…？　腰かがめるほどってどんな量だよ？　なんでそんなことになってんだ？　ヤーネンの奴が背負うんじゃねえのか？
「うわ。おじさん、すごい荷物だね」
「どうしてもね、多くなっちゃうんだよ。…よいしょっと」
　ふう、と大きくため息をつきながら部屋の隅にその大きな荷物を下ろしているんだが…いや、ヤーネンも汗びっしょりで楽そうには見えねえ。元々体力のある奴じゃねえんだが…こりゃあ、何かあるな。
「他にもまだまだあってね」
「ええー？　僕じゃ無理だよ、そんなにたくさんのいっぱいのいっぱい」
「必要なものでね。仕方ないのさ。ヤーネンさんの荷物は外に置いてあるんだよ」
　まだあるってのか…学者…なんだよな？

「こちらはホルガさんと言ってね。ノスルクバーグの学校で地質学を教えてらっしゃるんだ。先生だよ」
　ノスクルバーグか。あのシポルニアス王国の首都だな。あんなとこからよく来るもんだ、とか思うかも知れないが結構来るもんなんだ。学者とか先生みたいな学術目的てのは結構な数になるんだが、そのほとんどはあっちから来ている。
「よろしくお願いします。ホルガ・ラングと申します」
「サポーターのモナークです。こっちはルートセラーのマナメ」
「やっはい。マナメ・カギョリです。よろしくお願いしまーす」
　ぶんぶんと握手していたりする。まず人見知りなんかしねえ奴だからな、紹介の時の余計な手間だの取り繕いだのが省けてこういう時は助かる。
「ホルガさんはね、迷宮の石組みに使われている石の由来について調べに来たんだ。そのサンプルを採取しないといけなくってね…だからあれだけ荷物が多いんだって」
「ええ…あれ、全部に石が入ってるの？　じゃあ、たくさんいっぱいあって重くて当然だね」
　お前は…何聞いてたんだ？　サンプルなんだろ、あれは。…って、そういうことは分からんか、こいつには。
「ははは、面白いこと言いますね。サンプルですからそれほど大量にはいらないのですよ。こんな感じですね」
　懐から取り出したのは、ほんの小指の先ほどの石片。大抵はこんなもんだろうに。うん、迷宮の石だな、これはたしかに。白っぽいと言うか明るい灰色と言うか…色なんかないんだ、石そのものには。
「しかし迷宮内のものは持ち出しができません」
「…許可が下りなかったんですよねえ…役人の気まぐれにも困ったもんですよ」
　そういう許可が下りれば迷宮のものを持ち出すことだってできる。それこそノスクルバーグまでも、な。だが役人や国のおエラ方の気まぐれで通らなかったりすることもよくあるんだ。付け届けがどうこうって話もあるが、そういうこととは無縁っぽいな、この先生は。
「まあまあ。そのために試薬や検査器具を全て持ち込む必要がありましてね。だからこれだけ荷物が多くなってしまっているのです」
　そりゃあ…事情ってのは色々あるもんだが。それでもあの荷物全部背負わないといけねえってのは大変じゃねえんだろうか…？

「ところでそちらさんはなぜこの迷宮に？」
「えっとね、僕はね、ひふ」
　バカやろ。余計ななことしゃべるな。
　…後ろから口をふさいでみるが…ああ、ダメだ。こいつならすぐに抜け出しちまう。後ろから口だけ押さえていても、真下に抜けられたらいくら俺がこうやってても意味がねえ。体術の心得のある奴あ…ったく、とんでもねえ。
「ぷは。えっとね」
「ひふ…？」
「いえ、あの…生物調査なんです。ついでに皮膚病に効く素材でも見つかったらいいなあ、とかそんなもんなんです」
　妙なことでも口走られる前に話を反らしておかねえと。こっちで適当に話を合わせておくか。