TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[1-21]

「何？　焼けた…？」
　何気なく言ったんだけどね。モナークがね、なんかちょっと暗い顔になっちゃってね、下を向いちゃったんだ…。

「どしたの？」
　もうあのお店からは大分離れたところまできちゃってる。僕が先でモナークが後。もちろん僕は杖を突きながら歩いてるんだけどね。モナークも同じように杖を突いて歩いてる。でも、僕とはちょっと違う場所を突いてるんだ。僕が床中心ならモナークは壁中心、ってとこかな？
「ああ、お前にはまだ言ってなかったか。…迷宮内でのルールの一つに『火気厳禁』てのがあるんだ」
「かきげんきん？」
「火を使うな、ってこった。考えてもみろ、こんな閉鎖された場所で火事になったらシャレにならねえ」
　…たしかに。ちょっと、想像してみたら…怖いなあ、それ。渦巻く炎が狭い階段をのぼってきて大きなお屋敷が全部焼けちゃった…とか、なんかそんな昔話をどっかで聞いた気がする。石造りって言っても燃えないだけで火が何かに燃え移ればどんどん進んでいくことだってあり得るもんね。そう…例えばコチューゴケなんかどうなんだろ、火が着くのかな…？
「だから焼けたような石、というのはまずねえんだ。サポーターが一緒にいる限り火を使わせることはねえからな」
「でもホルガ先生に見せてもらった石、たしかに焦げてた、って言うか黒くなってたし」
　コンコンコン…と後ろから壁を突く音。何か考えているみたい。
「ふうん…？」
「ねえ。前にもそういう話ってさ、なかったの？」
「なかったわけねえさ。黒く焦げた石があった、壁があった、ってな話は俺でも聞いたことがある。昔々に火が出たって話もあるしな。でも俺は自分の目では見てねえんだ。5階層目か…前に潜ったのがひと月前か…あれから何かあったのか…？」

　それと…やっぱり気になるんだけどね、こういうの。
「じゃあさ、どうやってごはん作るの？」
　煮たり焼いたりできないと結構キビシイと思うんだけど？
「基本は乾燥させたやつをそのままか、水で戻すんだ。後は木の実とかな」
「…あんましお腹いっぱいにはなりそうもないね」
「そうでもないぞ」
　ちょい、っと振り返って見ると。んん、やけに自信ありそうなモナークのヘンな笑顔。
「迷宮にはまだまだお前の知らないことがあるってこった。そのうち分かるだろうよ」
　まだ何かあるみたい。うーん…楽しみ。

　3階層目はまだまだ続く。どうやらモナークは僕をさっさとここへ連れて行きたくて、1階層目と2階層目はかなり早足で通り過ぎちったみたい。色々見てみたかったなあ、って思うことは思うけどね。1階層目って3階層目より広いんでしょ？
「そんなに変わんねえよ。あれだって学者の説によれば、ってとこだ。地図じゃあ、ちょっとばかし広いことにはなってるが」
　つつ、と僕の横に並んで、地図を横から差し出してくれる。何て言うんだろ、こういう折り方。開きやすいように山折り谷折りが交互にになってて、全体を段々に折ってある。小さく折り畳むとてのひらの先から肘、くらいかな？　両手で両端をつまんで左右に引っ張ると、びらびらびら…って広がって一枚の大きな地図になるけど、こんだけ大きいと使いにくいなあ。え？　そういう時は必要な面だけ表にするの？　…おお、たしかにこりゃ見やすいね。何も知らない僕だったらすぐめちゃくちゃにしちゃいそうだけど、慣れてるモナークだときちんと使いこなせてる。
　そんなこんなで重ねて見たんだけどね、たしかによく分かるんだ。『1階層目』の方が『3階層目』よりもちびっとだけ大きく描いてある。
「でも、たしかにあんまし変わんないね。モナークの言う通りだ…」
「300階層目まであるって話だからな。一つや二つの階層じゃ、そう変化はねえだろうよ」
　…300階層目？
　モナークが手渡してくれた地図は…ええと…あり？　10枚しかないよ…？
「もしかして地図も何もない未開の地なの？」
「何が」
「300階層目。だってさ、地図もないし。…ああ、いや、待ってよ…ここに10枚しか地図がないってことは…11階層目以下って、本当は誰にも知られてない場所なんじゃ…」

　ぱこん。あ、いた…。

「前に俺は50階層目まで潜ったっつってんだろ？　何アホなこと言ってんだ。それは持ち歩きやすいように10枚ごとに分かれてんだよ。ほら、これが11階層目から20階層目までの綴りだ」
　丸めて叩いたのは地図だったのかー…。
「それでも俺が持てるのは50階層目までだけどな。Dランクにしちゃ、持てる方だとは思うけどな」
「ランクで地図の数が決まるの？」
「ああ。自分が潜ったことのねえ場所の地図は任せてもらえねえことになってんだ。だから俺は50階層目までしか地図を持てねえ、ってことになってるんだ」