TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[1-25]

　…やれやれだぜ。

　こういう落とし穴のことをシュートとかそういう風に呼ぶこともある。そんなのは人ぞれぞれだがかかった本人が落ちてくってことには変わりねえ。先に落ちてったあのバカも心配だが、まずは自分の身をどうにかしなくちゃいけねえ。…実際、幸運だか不運だか分からんぜ、この状況。
　アジャというすごく頑丈なつる植物がある。クレータ周辺の荒地なら普通に生えてる。生えてる、と言うより普通に自生してるだけなんだな。ああ、つる植物と言っても何かに巻きついたりもしねえ、ただ真っ直ぐ一直線に伸びててな…見上げるほどの高さがあるからすぐ分かる。で、その天高く伸びたつるを加工する職人もクレータにはいる。そんなのどうするんだって？　細いけどもすんごく頑丈な縄になるんだ。そう、俺一人分の体重くらいじゃびくともしねえ縄だ。
　そうだ。俺は今、あの落とし穴から少し下のところにぶら下がってるんだ。宙吊りってやつだな。下は真っ暗で何があるんだか分からねえ。あんまりしげしげとは見たくねえとこだ。
　…サポーターの落とし穴対策は「落ちないようにする」が基本だ。だが、どうしても落ちることはある。そのために受け身の練習をすることもある。けど、そういうのは普段から体使ってる奴しかいざって時には使えねえ。だから、そういう体術の心得のねえ連中は腰にアジャの縄を結んでおくんだ。もちろん先端にはカギを付けておいて、な。

　ああ、なんだ、笑い話じゃねえんだ…俺もまさか本当に役に立つとか思ってなかったさ。もし落ちたら…落ちないようにするのが基本だが…それでおしまいだな、と思ってた。酒場のヨタ話じゃ、落ちそうになった時に放り投げたカギがこうやって見事に引っかかってそれでセーフ…なんてのはよくあるんだが、まさか自分が本当にそうなるとはな。思ってなかったさ。
　しかも、だ。放り投げたカギがまさかヤミギツネの足をがっちり床に縫い付けちまって、今、奴が上でのたうちまわって石ボコリやら小さな石くれなんかもぱらぱらと落ちてくるし、何よりこの揺れがなあ…アジャの縄はこれくらいじゃ切れることはねえから落ちるってことはねえんだが、あんまり気持ちのいいもんじゃねえ。しかも縄は切れなくてもカギが外れるってことは十分にありそうだ。
　…さっさと下に降りた方がいいな。
　まだ少し縄には余裕がある。が、まさかこんなことになるとは思ってなかったから腰に巻いてた分はそれほど長くはねえ。余分の縄は背中の荷物に入ってるが、取り出して繋ぐわけにもいかねえからな。…そっと、だ。少しずつ少しずつ降りていこう。

　…お？　ここまでか？

　縄がもうねえな。下は…まだ見えねえ。上からは…ヤミギツネがまだ暴れてるみてえだ。石がぽろぽろ落ちてくるし、何よりすんげえ声がここまで響いてきやがる。…場所からすると…4階層目みてえだな。この落とし穴がどこまで下に通じているか、地図を見れば分かるが今はそんなことはできねえ。
　ちょっと体を振って…よし、もう一回…うん、よし、ここか…！

　やっぱり3階層目と同じように穴があって、その上から体を横へ大きく振って跳ぶ。…4階層目に到着だ。まさかこんな形で到着することになるとは思わなかったぜ。ったく。
　うん…？　ははあ、こりゃ、カギが抜けたな…？　さすがにアジャの縄も切れたか。
　目の前を小さく光る何かが落ちていく。そして大きな遠吠えみたいな悔しそうな声が一つ。それっきり上が静かになった。あきらめたようだな、ヤミギツネのやつ。なんだか悪いことしたみてえな気がするが、その辺はおあいこだな。
　一応残りの縄を回収しておくか。俺は腰に縄を巻いていくことにした。

　………

　地図を確認してみようか。
　この「落とし穴」は5階層目まで続いているらしい。トラップはトラップなんだが、かなり前に作動して（つまり3階層目の床が抜けちまって）それっきりただの「穴」になっちまってるらしい。そうなるとトラップなんだか自然にできたただの「穴」なんだか、ちょっと分からんが…何せ古い迷宮だ。こういうのもよくある。俺らはめんどいんでいちいち分けたりしねえで全部「トラップ」にしちまうがな。おっと、こいつは「作動済みトラップ」ということになる。
　そうすると…あのバカは5階層目にまで落ちちまったことになるのか…？
　あんな身軽で体術できるやつだから、下の状況いかんによっては無傷だってあり得る。ただ、迷宮の床は基本、固い石だからな…おや…この印は…特定植物だ。特定植物ってのは迷宮内でも珍しい植物のことだ。そこにしかない植物とか、特定の条件でないと育たないやつとか、な。もちろん特定動物てのもいる。ひっくるめて「特定生物」とか呼んだりする。決めてるのは協会の幹部の知り合いの学者たちらしい。まあ、俺らにはよく分からん。たまに学者とかルートセラーとかがそれ目当てに来る、くらいのもんだ。
　ほう…あのバカ、ホクチゴケの群落に落ちたのか。どれだけ茂ってるかにもよるが…それなら大丈夫かも知れねえ。ホクチゴケってのはコチュウゴケよりも柔らかいんだ。まるで元気なスポンジみてえなやつでな、うまくすれば2階層分落ちたダメージも軽減してくれるだろう。

　じゃあ、あいつは大丈夫だな。ふう…心配させやがる。

　しかしあいつのことだからこの真下でじっとしてる…なんてことはねえな。こっちも早いとこ5階層目に降りる階段に向かわねえとな。c21-4-7の階段が近いか、ここからだと。よし…行くか。
　依頼人放り出して一人で地上へ帰るサポーター、なんてのには絶対なりたくねえんだ、俺は。