TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[1-27]

「いや、知らんね」
「そうか…すまんな」
　たまたまなんだが、C21-4-7の階段で他のサポーターに会うことができたんだ。見ねえ顔だが、なんだか無愛想な学者だかどっかの先生だかを案内してて…ちょうど下から、つまり5階層目から上がってきたところだったんだ。あんまりねえんだ、こういうのは。3階層目の店でヤーネンに会ったが、ああいう場でもない普通の通路で他のサポーターと会う、なんてな。
　…ああ、いや、あいつとは普通に会ったっけか…。
　それはともかく。聞いてみたんだ。軽く事情を説明して、こんなちっこいルートセラーの女を見なかったかって。答えは冒頭の通りだ。
「まあ…なんだ。頑張れよ」
「ああ、そっちもな」
　依頼人らしい先生に軽く会釈して俺は下へ。この二人は上へ。階段はそれなりに広さはあるからすれ違うにも問題はねえ。

　…火吹き竜は5階層目にいる…。

「…なんだって？」
　一瞬耳を疑って…振り返る。地の奥底から響くような低い声…とでも言ったらいいのかね？　俺は今まであんな低くこもる声を聞いたことがねえ。
　見上げた先には途中で立ち止まっているさっきのサポーターと…どっかの先生。その先生もやっぱり振り向いてこっちを見下ろしている…ような気がする。よく見えねえ…？

　…火吹き竜は5階層目にもいる…。

「おい…」
　顔だけじゃなくて体ごと振り向いて…階段を駆け上がる。いねえ。さっきまで自分がいた場所だ、見覚えがあるとかないとかそんな問題じゃねえ、ここに来たのはこれが初めてってわけでもねえ、何回も通った通路なんだ。でも…
　いねえ。
　どんだけ辺りを探してみてもいねえんだ。そう、さっき会ったあの…サポーターと…先生？

　そう言えば…どんな格好してた？　あの二人？

　サポーターの方は…？　先生の方は…黒い？　黒っぽい？　なんだかそんな感じのフードだかなんだかをかぶって？　たっけか？　それで…荷物は？　サポーターが持ってたのか？　担いで…なかったよな…？　手に…持っていたのか？　シューターだか水筒だか入った袋…をか？　そんなもの、持っていたか？
　いや、あれは…男だったのか…？　本当に見ない顔だったが…顔…？　どんな顔だったんだ…？
　よく思い出せない。…一体…誰…だったんだ？　あの二人？

　あまり時間はないが、ちょっと体を休めよう。
　普段なら絶対に腰を下ろしたりしないんだが、今回は状況が状況だ。この先どうなるかも分からんし…ちょっと、座ろう。迷宮の床は石造りだが、時々こんな風に石が出っ張っていたりする場所もある。あるいは小さな落石とかもな。だから、少し探せば座る場所くらいはどこにでもあるものなんだ。…うん、体もそうだが精神もな。少し…休めたい。
　俺は荷物から水筒を取り出そうとして…あ…この小さなカバンは…あいつのか。困ったもんだぜ。今頃水も何もなし、か…これはやはり早いとこ合流しないとやばいな。あいつ一人で水探しなんかできそうもねえ。5階層目には店があるからそこへ辿り着ければうまくいくかも知れんが…あいつがそんな上等なこと考えつくかね？　例の穴の下、ホクチゴケの群落なんかとっくに出ちまったんだろうよ、そこからふらふらしてるんだろうな、あても何もなく。

　…いや待て。
　地図だ。5階層目の。…あのバカが落ちた先。…特定植物ホクチゴケの群落。…ここは…今でも出入り口がねえ。ドアや出入り口を示すマークがねえ。過去には3階層目から4階層目に落ちるか下るかして（3階層目の床にあったわながどんな種類だったかは分からねえんだ）…4階層目の床に隠しとびらがあってそこから5階層目に行けるようになっていたはずだ。ここに小さく「わな：隠しとびら：破損」とある。こんな風に但し書きがついているのは、過去にはわなだったのが今ではそうは見えない、とかそんなのがほとんどだ。
　事故か何かで4階層目の床が大きく抜け落ちて、今は3階層目から5階層目まで直通になっちまった、ってとこか。
　だからこのホクチゴケの群落から出るには、上に向かうしかねえ…つまり誰かが4階層目のあの通路の端からアジャの縄垂らして降りるしかねえ。一人ではあそこから出ることはできねえってことだ。

　ち…こりゃあ…逆戻りだ。5階層目に行ってもあそこへは入れねえ。まだアジャの縄は荷物に予備が入ってる。あいつ一人くらい吊り上げるには十分な量、あるんだ。