TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[1-30]

　いつまでも休んでるわけにもいかねえな。そろそろ行くか。
　地図は確認した。やっぱりあそこまで戻らねえといけねえようだ。…だが…どうにも腑に落ちないことがある。あいつが落ちたこの部屋、一体何のために作られたんだ？

　コチュウゴケも大丈夫だ、杖もある。ここからは歩きながら地図を見ることにしよう。時間がもったいねえからな。

　迷宮にある部屋はそれぞれに目的があって作られたことになっている。まあ、何百年とか千年とか大変な時間が経っちまってるから本来の目的と今考えられてる目的が全く同じかどうかは分からねえ。でもそんなに間違っちゃあ、いねえんじゃねえのか…とも思うが、何しろ確かめようもないからな。その辺は学者連中次第ってことにもなる。
　そうだ。こういうのは大抵は調査に入った学者先生たちが決めてる。…いや、先生方だけで決めてるってわけじゃないな。うちの協会の幹部連中なんかともよく意見を交換したりしているらしい。ま、それでも分かってないことの方が多いんじゃねえの？　俺みたいなぺーぺーにはあまり関係のない話だがな。

　そうやって決まった（というより結論が出た、ってくらいかね）迷宮内部のことがら、というのはもちろん最新の地図に載ることになってる。この地図は協会発行のものだが俺たちサポーターなら無料で手に入れることができる。大体…一年に一度くらいかね。更新されるのは。ああ、それからサポーターでない者はそれなりの代金を支払うことになっているが、そんなに高いもんじゃねえ。でもわざわざ協会本部にまで行かねえといけねえからな…土産物屋でかなり省略したレプリカを安く売っていたりするから、雰囲気だけ楽しみたい、ってんならそっちを買ってみるのも手だぜ。
　そんな地図なんだが。例えば3階層目のあの店なんかもきちんと載っている。俺が今手にしてるのは5階層目と6階層目の地図だが、6階層目に店はない。3階層目・5階層目・7階層目・10階層目が店のある階層になっている。もちろん11階層目から下はまた別の地図になってて店のあるなしも場所も違うけどな。

　その他トラップや階段や店の他に…部屋や状態についても載っている。どんな目的で作られたのか、今はどうなっているのか。そういった詳しいことも書き込まれてあってな。潜る時の話のネタに使ったり、専門の先生を案内する時に使ったりする。
　…そうだな。0階層目に穴がたくさんあったろ？　あれは人が作ったものと自然にできたものの二つが混じってる。ほとんどは昔の探検家やら調査団やらが爆薬しかけて強引に開けた穴なんだが、中には地中にたまった水が何らかの事情で噴き出して…その水が長い時間かけて引いて行ってできた穴、とかそんなんもある。そういうところも丹念に調べてあってな、全部地図に載ってるんだ。

　…俺のすぐそばにはC21-4-7（5階層目から上がってくる時はC21-5-7になる）の階段か…ここから5階層目に下れるんだが…さっきの二人はもういねえな。何だったんだ…？　あいつら？

　まあいい。ここで6階層目の地図を見てみよう。
　あいつが落ちたホクチゴケの群落のある部屋。そのすぐ下にあたる場所には…何もないんだ。こういうのはよくあることなんだが…さらに7階層目、8階層目、9階層目…そして10階層目。何枚も地図を重ねて見ていってもそこには何もない。こういう分かっていないところは斜線が引いてあるんだが、この斜線で囲まれた約1ブロックがずっと地下まで続いてることになる。
　今手元に11階層目から下の地図はないから、さらにその下がどうなってるか、なんてのは分からない。俺の記憶にもそこら辺のことは、ない。さっきも言ったようにこういうのは迷宮じゃよくあることなんだ。『未探査区域』とか『未確定区域』とか呼ばれてるけどな…もっと下には地図が斜線だらけ、なんて階層もある。実際、本当に何がなんだかよく分からない迷宮に潜ってるんだ、俺たちは。

　それでもある程度は分かってることもある。部屋の役割なんかはそのいい例でな。迷宮そのものの役割もホントは分かっちゃいないんだが、仮説として最下層に祭壇がある、というのがある。その論拠になってるのが13階層目にある部屋で、そこは神に捧げるいけにえを一時的に安置しておく部屋だからだ…と、そういうことになってる。俺は行ったことはないが、行った奴の話によると褐色の塗料が床一面に塗られてあったらしい。それにコチュウゴケがあまり繁殖していなくて暗いままになってるんだと。
　…何をいけにえにしてたのかって？　そういう話は好きじゃねえから、あんまり言いたくねえんだが…マイノス王国も結構野蛮なことしてた時代があった、てこった。ヒツジとかヤギとか使っとけばまだマシだったろうに。

　そう言う風にある程度（とは言ってもなー…13階層目の部屋なんてほとんど噂話みたいなもんなんだぜ？）分かってる部屋もある。だが…なぜこの部屋にはホクチゴケがこんなに大量に生えてるんだ？　しかも扉も何もない。4階層目にあったトラップで下に降りて…一体何のためにこんなビン底みたいな部屋を作ったんだ…？
　下の階層、6階層目以降が斜線になってるってのも…熟練のサポーターは「響く音」で壁の向こうを知ることができる、とかそんな話もある（もちろん俺にはそんな芸当はできねえ）。ずっと1ブロックだけ斜線が続く、なんてことするくらいならどこかで調査が入ってもいいはずだろう？　調査しても分からねえってことなのか…それとも調査できない理由でもあるのか。

　3階層目から5階層目までを一繋がりとして、6階層目以下の斜線をまた別モノと考えることもできる。6階層目から下は柱みたいなもんで、石組みがずっと下まで続いている…とも考えられるしな。5階層目のホクチゴケの群落はたまたま条件が合って大繁茂した、とかな。学者でない俺でもそれくらい考えることはできる。
　だが…どうにも引っかかるんだ。
　数階層を貫いて1ブロックだけ斜線、てのも他にないわけじゃない。でもな…あんな5階層目の直下でそういうことになってる、てのは…なんだかちょっと気になるんだ…。
　それにあの二人。火吹き竜は5階層目にもいる、だと…？　一体何がどうなってんだ…？

　おっと。さっきの場所に着いたぜ。まずは下の様子でも見てみるか。ヤミギツネは…あんなことがあったらさすがにもういねえか。