TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[1-34]

　頭の形はいわゆる「卵形」というやつだ。以前はこういう頭がタマゴみたいな形をしたヘビは無毒で、三角形の形をしたヘビだけが有毒だ、とかそういうことを言われていたらしいが…実際は毒ヘビの多いカテナリというヘビの仲間の特徴の一つだったらしい。だから頭が卵形の毒ヘビもいれば、三角形でも無毒なヘビもいる。こないだ酒場で会ったルートセラーがそんな話をしていた。
　…こいつは…毒はないんだろうな。噛み付いてきそうも…ないか。
「ポポポ…」
　完璧に熟睡しちまってるこいつの頭の上。どっちかって言うと今は額の上か。コチュウゴケの入った筒の上でとぐろを巻いていやがる。でもたしかに手足もあるんだ。とぐろを巻く、と言っても小せえ足で踏ん張りながらその長い体もぐるぐるに巻いているような状態だ。こういうとこはヘビっぽい。手…前足か。そういうのがあるとこはトカゲっぽいが。きちんとツメまでついているところを見ると今でも「手」として役立ってるってことか。

　ヤミギツネなんかもそうだが、迷宮の生き物には「目」がないものが多い。理由は簡単だ。使わないからだ。使うことのない部位ってのはどんどん退化していく。
　その点、こいつには小さいながらも手や足が残っている、ってのは…何か理由があるんじゃないか…と思うわけだ。どう見てもそれほど役に立ちそうもない大きさになっちまってるが、それでも何かには使ってるってことなんだろうな。
　迷宮の生き物の「目」だってそうだ。きちんと残ってる連中もいるんだぜ？　こいつも黒い目してやがるし、他にもアカリネズミモドキとかな。あれはあんまり視力は良くないらしいけどな、それでも明るさを感じることくらいはできるらしい。他の「目」のある連中も地上の連中ほどには使っちゃいねえ。…まあ、そうなるのも当然だわな。普段の迷宮はそれほど明るくはない。コチュウゴケが生えてるところはそれなりに明るいが、それでも場所によって繁茂に差があるから明るいところもあればうすぼんやりとしているところもある。真っ暗な場所だってあるんだ。だから迷宮に入るやつはみんなコチュウゴケの詰まった筒を持っていく。こいつのように頭につけるやつもいれば俺のように手に持つやつもいる。その辺は入る目的次第ってやつだ。

　…お、なんだ…きちんとコチュウゴケ替えてるんじゃねえか…。
　こいつが額に付けてる筒だ。コチュウゴケは一日ほども使うと光る力が弱くなる。壁に戻しておけばまた復活するがな。だから頻繁に取り替えた方がいい、てのはこいつにも教えてある。…しかし…ここのコチュウゴケは特別によく光るなあ…良いコチュウゴケのある場所、てのも地図に載ってて3階層目や5階層目にもあるんだがここまで光るってのは…なかなかないな。これも協会に報告しておくか。
　ついでに俺の筒のコチュウゴケも替えておくか。…ちょっと長く使いすぎたからな。あまり元気が良くない。…？　なんだ、ここのコチュウゴケは…？　なんで俺の腰よりちょい上、とかそれくらいの壁にしか生えてないんだ？　まあ、別に跳んだりしなくてもいいから問題はねえんだが…何かわけでもあるのかね。
「ポポポポ…ポポ！」
　なんだ？　何を騒いで…って、何やってんだ…こいつ…？

　バカが額につけてるあの金属の筒。あれを全力でつついてやがる…。

　どんな習性があるんだよ。ったく。お前の力じゃガラス面も割れねえだろうし…と思って近づいたら今度はこっちを見やがる。そして…思いっきりジャンプ。…俺が手にしていたコチュウゴケに喰らいついてきやがった…。

　なるほど。足は跳ねるためか体を固定するためにあるのかもな。手はこうやって何かにしがみつくためか？　俺は学者じゃねえからそこまで詳しくは分かんねえが…精一杯長い体伸ばしてあいつの頭と俺の手を繋いでやがる。…そうか…コチュウゴケを食べる習性があるのか。しかもまだ子供なんだろう。だからたくさん食べるんだろうな。
「ほれ。これで良かったら食べな」
　ここにはまだまだあるんだ。俺は採ってきたコチュウゴケをばらばらっとあいつの頭の上にばら撒いてやった。…俺も少し寝るとしよう。こいつが起きた時に寝ていると叩き起こされそうだからな。

　…と思ったんだが…まだ食う気か、こいつ。
　なぜかあいつの頭の上から動かないんだ。仕方ないから何度か壁のところと往復したんだが…めんどくさくなってあいつの体を壁に立てかけるような格好にしてやったら、頭の上で、まあ、食べる食べる。…こんなことになっても起きねえこいつも何だってんだって話だが。やっぱり初めての迷宮で疲れてたんだろうな。
　まあ…これで大人しくなるだろ。そう思って横になったんだが…。

「ポポポポポ！　ポポポポポ！」
　…何だよ、まだ何かあるのか？　うるせえなあ…。
　うとうとっとしていたらしい。あいつは…壁によりかかって自分の肩に頭を預けるようにまだ熟睡してやがる。その頭の上で騒いでるのがあのヘビモドキだ。…何だ？　今度は体をお立ち台の方へ伸ばしてやがる。ホクチゴケでも食べようってのかね？　まさかな…とその時は思ったんだが。
「ポポ…ポポポ…ポポ」
　ちょっとだけちぎってきてやると、ホントに食べやがる。しかも嬉しそうに。仕方ねえなあ…またあいつの体ごと移動してやるか。こっちの方がこいつにとっても体勢的には楽だろうよ。何せ横になれるしな。
「ボ・ボ・ボ」
　あのな。今度は何だよ？　俺はもう寝るぞ？

　と、背を向けた瞬間。一気に背後が明るくなりやがった。
「何…？」
　あのヘビモドキが足と体の一部だけで立ち上がって…喉の辺りがぐっとふくらんで…
「ボボボボボ！」
　妙に低いうなり声上げたと思ったら…その細い口からやはり細い炎が…いや、そんなに大きなものじゃねえ。まるで赤いリボンみてえな炎を吹いてやがる…。だけどこれでも暗い迷宮じゃあ、十分だ。お立ち台の辺りだけ鋭い橙色に染まっちまってる。こんな色は迷宮じゃあ、まずお目にかかれねえ…。

　まさか…こいつが…火吹き竜…なのか…？