TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[2-3]

　あんなのをみんなに知られてみろ…大変なことになるぞ。ったく。火気厳禁てのは迷宮では鉄則中の鉄則なんだ。それに…あの火吹き竜っぽいんだぞ？　迷宮の七不思議（全部は俺も知らんが）の一つに数えられてるくらい有名な火吹き竜だ。どんなことになるか分かったもんじゃねえ。今まで会った連中はいい奴ばっかりだが、迷宮に潜ってくる奴全部がいい奴、とかそんなことあるわけないだろう？
「ふへへ…これ、いいね？　ポコポコも気に入ったみたいだよ？」
「そっか。少し、コチュウゴケを入れておけよ。食いたい、とかで出てきちまわないようにな」
「うん」
「それから…もう少し歩いたらフタは閉めておけよ」
「えー？　閉めちゃうの？　かわいそうだよ…」
「そいつのためでもあるんだ。小さな空気穴を開けておいてやろう。それに、人目につかないところなら開けてもいい」
「ほんと？　…ポコポコ？　少し、辛抱してね？　少しだからね？」

　先にばらしちまうが、俺らが行こうとしているのは『町』なんだ。こんな迷宮に町が？　って当然そう思うわな。でもこれが事実だから仕方ねえ。それにこういう場所がねえと生きていけないもんなんだしな。
　もちろん全部の階にあるわけじゃねえ。今俺たちのいる5階層目と11階層目、それに28階層目と35階層目にある。それより下は店すら極端に少なくなっちまう。俺が50階層目まで潜った時は、資器材がぎりぎりになっちまってな…ヘタしたら帰って来れなくなっちまうところだったんだ。
　しっかし…100階層目とか300階層目ってなあ…どんな世界になってるんだろうな。もちろん店も何もないはずなんだ。
　300階層目ほどに深い階層はともかく、100階層目まで潜ったことのあるサポーター、というのは実在してるんだ。今のサポーター協会の会長でな。恐らくAランクを持ってるはずだ。はずだ、てのは俺らみたいなペーペーとは会ってもくれねえんだ。なんかの行事とか重要な通達の時に、ちら、と姿見せるだけでな。もちろんメダルの確認なんかしたこともねえ。…ただ、ほぼ毎日酒場に来る有名なじいさんがいてな、そいつが会長と同じ時期に迷宮に潜ってたって話でな。会長と一緒に100階層目まで潜ったことがある…らしい。まあ、当人が酔った時にしかそんな話はしねえから、本当かどうかも分からねえけどな。そのじいさんによれば、
『100階層目はスバラシイ』
　んだそうだ。何がどうスバラシイんだ、お宝とかそんなんがあるのか、と聞いてもじいさん、その後は『スバラシイ、スバラシイ』しか言わなくなっちまうから、じいさんのヨタ話を楽しみにしてる連中は絶対に100階層目の話は振らねえんだと。よっぽどヒマを持て余してるんだろうな、連中。

　13階層目の話とか火吹き竜（こいつじゃなくてもっと大きなやつなんだろうな）の話なんかはじいさんの口から何人かを巡って俺らの耳に届いた話ってことになってる。だからじいさんは火吹き竜に会ったことがあるのかも知れねえ。でも人の話、と言うかむしろ噂なんかどこまでが真実かなんて分からねえからな。それでも…迷宮なんざ全部調べ尽くすのはまず不可能だから、じいさんのヨタ話でも意外と真実を突いていたりする…のかも知れねえ。
　意外なとこから本当の姿が現れる、ってのは世の中では普通にあるこった。迷宮でもそうそう変わらねえ…とは思うけどな。

「モナーク…？　なんか、人がいるよ…？　それも…何人も」
「ああ、そろそろか。…フタ、閉めとけよ」
「…うん」
　はは、やっぱりびっくりしてやがるな。無理もない。俺も最初来た時には夢か何かと思ったもんだった。
　これまで歩いてきた中でも一番大きな空間、ってことになるんじゃねえかな。本当に一つの『町』になってるんだ、ここは。まあ、4階層目から直通の階段とか、逆に6階層目に直で降りれる階段、なんてのもこの中にはあったりする。コチュウゴケのうっすらとした光の下には石造りの門まである。その辺の石を適当に積み上げた…天井にまで届いてるから門、と言うより柱になってるか…とにかくそんなもんなんだが。そして大きく
『5の町へようこそ』
　と天井近くの石に刻んである。じっと見ないと見えない程度のもんだがな。『5の町』ってことは、つまりこれから潜っていくと『11の町』『28の町』『35の町』てのがある、ってことになる。こういう名前の付け方は迷宮らしいだろ？
　…お？　どうした？
「何かあったのか？　急に立ち止まって？」
「モナーク…ここ…」
　両手を顔の前に構えて…何かに耐えるような…何やってんだ？　ほんとにこいつは…？
「だから何だよ」
「ここ…風がある…空気が動いてる…」
　ほう。
「よく気付いたな。町には他にない特徴が二つあるんだ。一つはお前が気付いた『風』そしてもう一つは『火』だ」

　迷宮の通路よりも明らかに広い道。そこを何人かが歩いてる。もちろんほとんどはサポーターとその依頼人ってとこだろう。
「ここからだと…あれが見えるか？」
　やはりコチュウゴケの光の下なんだが。壁に大きな亀裂が浮かび上がってる。迷宮の壁が大きく縦に裂けているんだ。…その中は…真っ暗だ。何も見えねえ。
「あそこから風が入ってきてるんだ。どこか別の洞窟だか迷宮だかに繋がってるんじゃねえか、とかそんな話もある」