TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[2-8]

　何なのよ、この子！　聞いてないわよ…、
　って、ハービーが手を出すなって言ってたけど…こんなのだって聞いてないわよ？　何よこの動き？　まるで迷宮闘法そのものじゃない？　しかも…この子…。

　強い。

　動きの速さが尋常じゃないわ、かなりの手錬れに鍛えられてるわね。…ああん、ここで蹴り？　いくら小柄だってそんな状態で…よくも…？　ち、受けきれない…？
「返してよ。さあ？」
　こりゃあ…軍にでも入ったらとんでもなく使える奴になりそうね。ルートセラーにしておくなんてもったいないんじゃない？　何やってるのよ軍のスカウト連中は。こんな素材、なかなかないわよ。この年でここまで動けるなんて、まるでホセ様みたい。あの方の幼い頃ってこんな感じだったのかしらん…？　ああ…麗しのホセ様…。　そう言えばどこか似てるわよね…って、あれ？
「ちょ、ちょっと、待って、ねえ！」
　右拳を顔面に突き込んで引き戻しながら左拳でお腹を狙う。次は…左の直蹴り？　ま、なんか…ちょっと…。

　本性出るぞ、こりゃあ。

　あ、あらいけない、あたしったら。こんなことくらいで地出しそうになるなんて…バカバカ。
「…離してよ」
「ちょっと確認しておきたいことがあ・る・の」
　真っ直ぐにお腹を蹴ってきた、この蹴りはなかなか止められないの。なぜって？　んもう、前からじゃよく見えないからなのよ。この子はきちんと流れ通りに左足を膝で折り畳んで、膝で自分の体や力の向きをコントロールしながら足先を解放して蹴り込んできてるの。こうなると前から見ると膝しか見えないのね。だから見えないってわけ。そのままぼやっとしてたら蹴られてそれでオシマイ、ね。この子強いからいくらあたしでも何発も耐えられないわ。
　そういう時はね、少しだけ横へ動くの。本当に少しだけよ？　あたしたちもそうだけど迷宮闘法ってのは基本上や左右は使わないの。狭い迷宮で戦うための方法だから、上に跳ぶことはもちろん、左右に移動することもあんまり考えないってわけ。
　あたしは今、この子の左足のふくらはぎ辺りを左手で抱えるように持ってる。蹴り、ってのはね、当たると痛いポイントとそうでないポイントがしっかり分かれてるもんなのよ。だからちょっと横…いやこの場合はやや斜め前とかそれくらいかしら？　微妙なとこよね。でもそうやってそのポイントをずらしてしまえば簡単に掴むことだって…。
「離さないなら、まだまだ…いくよ！」
　ちょ、ここから反撃なんて…！

　…あーもう、バカって楽しいわね。
　あたしがこの子の左足を『右手』で抱えなかったのはね、わけがあるの。そうなると完璧に『ご対面』しちゃうのよ。左足がダメなら次は右足、それでもダメなら拳で…と色々できるわ。頭突きだってやろうと思えばできるわね。でも、左足を『左手』で抱えちゃうと相手は体が外を向くから（あたしも同じだけど）反撃の数なんて限られちゃう。そうね…右拳の裏撃くらいかしら？　バックブローとかそんな風に言う人もいるわね。結構痛いけど、こっちもあっちも足抱えているからそんなに派手なことはできないわね。
　でもねー…このおバカは…。
　あたしに抱えられてる足を軸に、もう片方、つまり右足を回してかかとから蹴ってきたのよそれも顔目がけて…ったあく、両足が地面から離れるって、どんなことか分かってやったのかしら？　あんた自身が倒れちゃうってことなのに…！

　あたしが反射的に右手で顔をガードしたから（やっぱり顔は大事よねえ）こっちは大したことない…ん、だけど…この子、まさかこれが狙いだったの？　そりゃあ、あんな不安定な体勢から蹴ったって（実際あたしは痛くもなんともないしね）意味ないけど、同時に抱えられた左足をひねって…回して…外した？　足を自由にするために？
　両手で着地してたから床へ顔面から突っ込むってことはなかったみたいだけど。ああ、ああいう風に両足が地面から離れるとね、なんて言ったらいいかしら…正に床への顔面ダイブみたいになるのよ。シロウトにはおすすめできないわね…顔面石ですれてぐっちゃぐちゃになるかも。でもこの子はちゃんと顔はよけているしグローブしてるし、ケガはないみたい…ふふ、やるじゃない。

　一瞬、手で床を押して自分の体を後ろへ引いて…そして、ぴょん、と立ち上がる。そしてすすっと滑るように前に出る。…いい動きね、やっぱり。しかも瞬歩（しゅんぽ）じゃない。やっぱり誰かに正式に教わってるわね、迷宮闘法を。瞬歩は迷宮闘法の特徴の一つ。これが習得できてない闘士は迷宮闘法を修めた、とは言えないものね。
　もちろんあたしも使えるわよ…それもあなた以上に。
　体は右半身を前にするなら…右手を拳にして相手に向け、左手を掌にして胸前に。やや姿勢を低くして…間合いを保つ。これが半開半閉（はんかいはんへい）の構え。迷宮闘法の基本の構え。もちろんこの子もあたしも同じ構え。

「…行くよ」
「ふふん。いいわ。迷宮闘法を教えてあ・げ。る」
　まるでその姿を消したみたいに思ってるでしょうね、でもあたしは捉えてる。リーチの短さを補うべく懐に潜り込んで…一撃、二撃、三撃…拳で三連攻。そして今度は右へずれて…蹴り、ね。甘い。そんなことくらい…って、あれ、なんで蹴って来ないの？
「ポコポコは取り返したからね、僕の勝ちだね」
　いつの間に…あの筒、一体いつの間に…！　何してくれとんじゃ、こらあ！　これでもくらいな！

　あ。なーんか、つい足元の石のかけら、蹴っちゃったけど…なんか…きっちり筒に当たって、いい音がして…飛んでいっちゃったみたい…？