TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[2-12]

　鍛錬、ですって…？　とんでもない、鍛錬だけじゃあそこまでできないわよ…。

　座捕りってのはこっちが座ってる分、力の入れ加減が難しいの。特に「3」はこっちが椅子に座ってるって前提なのね。だから特に難しい部類に入るし、何より迷宮じゃあまり使いようがないの。だから練習ではやるけど実際に使うってことはまずないわね。そう、演武とかそういうのがあれば組み入れることはあるけど…とっさに出るものじゃないわ。
　あの子が使った『引き落とし』は見た目は地味だけどとっても高等な技法になるの。素人目には隊長がどうやって倒されたか、分からないでしょうね？

　隊長が仕掛けたのはあの子の右腕。肘から上の二の腕って辺りね。そこを左手で掴んで引っ張り上げる、ってのが攻撃される形なの。椅子に座ってる、仕掛けられた側にはいくつか防御や反撃の方法があるわ。掴まれたと同時に腕を引く、相手の左足を踏み抜く、頭突きする…ってね、色々。でもあの子は座捕りを選んだ。それも瞬時にね。いちいち考えていたらとっさの反撃にならないでしょ？
　まず自分の右腕を上げるの。
　…この辺がねえ…ちょっと説明難しいのよ。右腕を上げるのと同時に相手の左手を殺す…んだけど、要は相手の左手を無力化しちゃうの。人間の腕ってね、肩から指先まで真っ直ぐだと力が入って他から何かされても大抵はなんでもないんだけど、手首を曲げられちゃうと全然力が入らなくなっちゃうのよ。
　そうね。何か、重い物を一段高い棚に上げるところを想像してみて？　普通に腕を真っ直ぐ伸ばしてよいしょ、って持ち上げるだけならとってもカンタンよね？　でもそのまま肘を外に向けたまま腕を伸ばして（腕をくるりと回しちゃダメ）手をだらん、と下げたような状態で吊り上げるように持ち上げて、さらに上へ上げようとしたら…大変でしょ？　…うーん、これともちょっと違うかな？　でも…まあ、そんな感じと思っておいて？

　相手の左手を殺したと同時に肘を曲げて、相手の左手の親指を挟んじゃうの。腕と肘の内側で。さらにほぼ同時に右手の指を全部開いて、相手の左腕（肘から下、ね）に引っかけるように流すように腕全体を絡めて取って自分の腰から右肩から右腕を背中方向…ああ、正確に後ろじゃなくて回転させながらやや下と言うか後ろ方向と言うか…に引っ張って落として相手を倒す、右手だけで不安なら左手で相手の肩をやっぱり後ろ？方向に押してもいいし、足で相手の足を刈っても、いい、んだけど…。

　…分かった？　よく分かんないでしょ？　そういうもんなのよねえ…。

　説明してるあたしだって言葉だけじゃよく分かんないんだもん、仕方ないわよ。こういうのは実際に身体を動かしてみてやってみて初めて分かるってもんなのよ。だからあたしだって練習してるからああいう風に動くことはできるわよ。ただ…あんないきなりは動けない。あの子は隊長のことを知ってるか、知ってないか、中途半端な状態で仕掛けられた。全く見知らぬ人相手なら警戒してかかるから思い切った技も出やすい。でも知り合いなら逆に手加減してしまうからあまり大掛かりな技は出ない。
　座捕りの3は「こっちが座った状態で返す」技の総称だから他にも色んな技があるわ。もっと激しいのもあるのよ？　場合によっちゃ相手の肘関節を極めて折る、までいくのもあるの。でもそんな危険な技を使うわけにはいかないわね。そういうところも、この子はそれほど相手に害を与えずに体の自由を奪える『引き落とし』をきちんと選択して動いた。多分身体に染み込んでいるのよ、こういう時はこう動くって。
　いや…違うわね。恐らくだけど、あの子は流れをきちんと作っているのね、自分の中で。その流れに逆らってないの。どう動けば相手を効率よく倒せるかが自動的に身体から湧き出してきてる。…多分だけど、教わっていない技が出るとかそういうこともあるんじゃないかしら？　そういうとこは…そう、センスの問題かも知れないわね。

　でもやっぱり先生がいいのよね、だって…あのホセ様なんでしょ？　ホセ・アモルナス・カギョリ准将。ドールマータの戦技指導教官にして副部隊長の一人。ああ…麗しのホセ様…。

「どうしたの？　なんでエンさんも迷宮に潜ってんの？」
「おいおい、俺がどんな立場か分かってないのかよ…」
　しかも隊長とも知り合いだったとはね…やるわね、この子。
　その隊長はひとしきりあの子をあやした後、軽く制帽を直して立ち上がる。あら。いつもの隊長ね、こうなると。
「モナークさん」
「…はあ」
「実は、少々込み入った話になるのです。ちょっと、よろしいですか？」

　するとモナークは…あら、何考え込んでんのかしら？　腕組みまでしちゃって、ちょっと難しい顔。
「それはこいつに関することですかね？」
　真っ直ぐあの子を指す。
「それともコレに関することですかね？」
　今度はあの火吹き竜ね。
「…言ってみれば両方、ということになりますか」
「分かりました。…でもこっちからもちょいとお願いしていいですかね？　交換条件ってわけじゃないんですがね」
「何でしょう？」
「この記事に関することをできるだけ知らせて欲しいんですよ」

　モナークが指したのは…あの壁のクレータ新報の記事だったの。なんであんな記事にご執心なのかしら？