TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[2-14]

「今号のクレータ新報に記載されているのはたしかにティム・オールドマン氏です。…ご面識でも？」
「いえ、ちょっと、知り合いに似ているような気がしただけです。確認したかったもので」
　…そういうことにしておこうか。まさかあの時の黒ずくめに何だか似ていやがる、なんてさすがに言えねえもんな。
「ところで、そのティム・オールドマン氏は今どこに？」
　するとエンリコ隊長は軽く肩をすくめて笑みを浮かべる。半分くらい困ったような顔だ。
「そこまでは我々も。この間までノスクルバーグに滞在されていた、とのことですが…」
「すでにクレータに入っている、という報告が入っておりますが」
　ハガット、だったけ。大柄な班長が直立不動のまま口をはさむ。…こういうとこ、大変だよな。警備隊とか軍とかってのは階級の縛りがかなり厳しいからな。エンリコ隊長が悠然、と椅子に腰掛けているのにこうやって立っていないといけねえ。俺は…なんだ、客とかそういう扱いなのか、この班長室の長椅子に座らせてもらってる。班長用なのかかなり広めの机とちょっと立派に見える椅子（今エンリコ隊長が座ってるやつな）、そして長椅子が二つ、向かいあってテーブルを挟んでる。内装は質素そのものだな。あんまり金かけられねえからなのかそれともこういう気風なのかね。
　コチュウゴケがしっかりと繁茂しているから迷宮内の建物って言っても暗い、ってことはねえ。地上の昼間とは比べようもねえけどな。
　もちろんこんなとこ俺だって初めて来たんだ…むしろこういうとこ入るってことはあんまり良いことじゃねえってことだ。大抵は何かやらかして事情聴取ってことで詰め所に連行されるんだ。よほどヤバいことでもやらねえ限りこんなとこに連れて来られたりしねえもんなんだ。

「そうか…では我々もそのうち地上へ召還されるのかな？」
「そうなるかと思われます」
　新任の挨拶ってやつかね。
「しかし…失礼ですが一介のサポーターのあなたがなぜ迷宮の保護管理を一手に引き受けるオールドマン家にご興味を？」
「迷宮の保全に考古学者が関わる、というのは悪くない話だな、とそんなことを思ったんですよ」
「…たしかに。これも失礼ですが前の当主の方は迷宮に関してはやや誤解されていたふしもありましたし。…ああ、こんなことを迷宮警備隊隊長が言っていた、というのはご内密に願いますよ。何かと口さがない連中もいますもので」
　し、といたずらっぽく唇の前に指一本。…こういうのが本性なのかね、隊長さんの。厳格なのはやっぱり階級からくるものなのかもな。ま、こういうこと言われてもどこでバラしたらこの人がヤバくなるのか…俺も知らんけどな。
「はあ、それは、もう」
「では…こちらの話をさせて頂いてもよろしいですかな？」

　エンリコ隊長が切り出したのは…ちょっと意外な話だった。
「まず…依頼主に関して我々も詳細を知らされていない、ということをご了承ください」
　どうも警備隊や軍の、かなり上の方から指令が出ている、ということらしい。でもそれだったら『依頼』なんて言い方はしねえだろう。その辺を突っ込んでみると
「…そうですね。恐らくは本当の依頼主が別にいて、そこから上層部へ話が回ってきたということだと我々も解釈しています。しかし我々にとっては『依頼』であっても『指令』であっても従うべきものに変わりはありません」
　やっぱり軍の人間だな。こういう返答がすらすら返ってきやがった。

　その上層部から来た『依頼』というのがまずは「火吹き竜を探して欲しい」というものだった、と言う。…やっぱりあの黒ずくめが関係しているってのは間違いない、か…？
　しかし迷宮警備隊にだってそういう細かい仕事のできる余裕はない。通常の業務に差し支える恐れもある。シフトの組み替えなどで警備が手薄になる可能性もある。その旨を伝えると、しばらくしてから今度はこんな指示が来た、という。しばらく、と言ってもつい昨日のことらしいが。

『背の高いサポーターと、小さいルートセラーには手を出すな』

「我々にも何のことかさっぱりでありました」
　直立不動のまま、そう言うのはハガット班長だ。まあ…そんな文書が回ってきたら誰でも不審に思うわな。
「こう申しては何ですが…」
　ちらりとエンリコ隊長を見る。含み笑いしながら何度もうなずく…？
「んん、では…上層部からは時々妙、と言いますか現場の認識と非常にかけ離れた指示が下りてくることがままあります。これもその一つではないか、ということになったのですが」
　通常の感覚とは大分違うムチャな命令もあるってか。「アホか」って無視したいところなんだろうけどなあ…本音じゃあ。しかし、それでも指示は指示だ、ということで隊員に伝達したところ俺たちがここまで来た、ということらしい。

「…じゃあ、その上の人たちは俺たちのことを知っている、と…？」
「その可能性は高いかと。しかもあなた方は本当に火吹き竜をお持ちになった…」
「あれはたしかに火吹き竜なんですか？」
　俺は一応火を吹くところは見たけどな…？　するとエンリコ隊長は重々しくうなずいた。
「我々のところまで下りてきた資料と一致します。そのため、バルトリーニ隊員やマナスミス隊員から報告を受けた時は非常に驚いたものですよ…まさか、とね」