TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[2-15]

　このまさか、には二つの意味があったらしい。本当にこの二人が来た、というのと本当に火吹き竜がいた、というのと。

「先ほども申し上げましたように上からの指令、というのはこちらの事情とはかけ離れていることが往々にしてあります。でも我々はそれに応えないといけない義務があります。もちろん、ある程度は事情を説明して無理なものは無理だ、と言上はしますがね…」
　ちら、とハガット班長を見る。やっぱりなんだか笑ってるんだよなあ…ま、笑みを浮かべてるとかそんなもんだがな。
「中には明らかにおふざけだ、というのもあるのですよ、ここだけの話ですが。…しかしあなた方は本当にここへ来て、しかも本当に火吹き竜まで手に入れていらっしゃる。まさか、と思わざるを得なかったわけです」

　そんなもんかも知れんが。でも俺にゃあ、別に警備隊がどう、上がどう、と言われてもなあ…あんまり首を突っ込みたくない、ってのが本音だ。何しろ警備隊てのは今までも俺らの敵、とまでは行かねえが少なくとも味方じゃなかったんだからな。
　例えば0階層目の警備隊員たちだ。あの穴ぼこだらけのところで、あのバカが捕まりそうになった時に出てきたあいつらだ。
　あれは、建前上迷宮には誰も入っちゃいけない、ということになってるからああいうことをする。マイノス王国のなんとかって法律にも明記してあるんだと。迷宮に許可なく一歩でも立ち入ったら国外追放、とな。しかし実際はその場でちょいと説教たれてそれでおしまいだ（何回も捕まるとか言うこと全然聞かねえとか悪質なのは罰金払わせてエギアへ連行するけどな）。でもその分こっちの予定は狂うし何より迷宮に潜るタイミングてのが本当に少なくなっちまう。潜ろうとするたんびに警備隊員に捕まってねちねち言われてみな？　誰だって時間ずらそうと思うようになるぜ。しかも見回りの時間をあえて空けているふしすらある。持ちつ持たれつなんだよ、とか言われてもなあ…これじゃ、どっちが法律破ってるか分からんぜ？

　そもそもそんな法律が存在してる、ってのもよく分かんねえ。変な縛りやら規制やらしねえで、すぱっと公開しちまった方がいいんじゃねえかって話も酒場や公民館じゃあ、よく出てくる。でも妙なもんだがみんな慣れてきちまってるからなあ…。何せ「規制」してからかなりの時間が経っちまってる。何百年とかそれくらいは経ってるんだ。
　それでも50年くらい前かららしい、今みたいに厳しく「規制」するようになったのは。それ以前はそれほど厳しくはなかった、てな話だ。俺の親父やじいさんの頃は警備隊もいるにはいたけど今のような関係じゃなかったらしい。エギアの軍関係者が入るようになったのも50年くらい前からなんじゃないかな。昔は隣に住んでる知り合いが警備隊員やってる、なんてサポーターもたくさんいたもんなんだと。今じゃクレータ出身者は警備隊員になれねえ、そんな風になってるらしい。
　…ん？　てことは前の当主ってやつがこんな風に変えたってことか？　大分年食ったじいさんだ、てのをどっかで聞いたような気がするんだが…？　迷宮調査史に…そんな話、載ってたっけかな？　昔から迷宮に関わってきた名家のことなら載っていても…あれはそういう事情までは記さねえもんか。「調査史」ってくらいだからどっちかと言えば学術的な論文とか報告書が中心だしな。

「かなり無茶な指令もあったものです…でもそれも今後は少なくなるかと思われます」
　やはり棒でも飲み込んだように突っ立ったままだが、しみじみとハガット班長。結構エグいのもあったんじゃねえのか？
「ああ、それはあるだろうね。当主が変わると方針も変わる、というのはよく聞く話だからね」
　ふ、とこちらは意味ありげな笑みを浮かべるエンリコ隊長。両肘を机について、顔の前に両手を置いているがかすかに笑ってるのはよく分かる。
「…なんのことです？」
「もちろん我々も直接知っているわけではありませんが…オールドマン家は当主が替わると迷宮に対する姿勢が変わる、とされているのですよ」
「それは…50年前にも？」
　そう言えば…考えたこともなかったな、そんなこと。俺らが迷宮と関わるようになったのは、もちろん50年も前の話じゃねえ。だから迷宮なんて警備隊なんてこんなもんだろ、と思っていたんだが。じいさんや親父とは時代が違うんだ、ってな。
「左様です。50年前に現在のラドルフ氏に替わった際に迷宮の立ち入りに関して大幅な変更があった、とされています。そして30年ほど前ですか…正式に法制化されたのです。ご存知なのですか？」
「俺の親父やじいさんもサポーターだったんですよ。その頃の話はよく聞いていたもので」
「なるほど。ラドルフ氏は現在かなりの高齢で、そのため孫のティム氏に当主の座を譲った、ということになっています」
「孫なんですか」
　…孫、ってことは…。
「ラドルフ氏の息子、つまりはティム氏の父親は現在行方不明なのですよ」

　ふうむ…？
「全然行方が分からないのですか？」
「我々が直接捜査したわけではありませんが、正に迷宮入りしたようだ、という話くらいは流れてきますな」
「てことはかなり前ってことですね」
「はは。ご推察の通り。事件…事故かも知れませんが…ティム氏が生まれた直後くらいではないか、とのことで」
　こういう流れってことはもしかして…？
「まさか、とは思いますが…俺らに手を出すな、と言ってきた依頼主ってのは実はオールドマン家なんじゃ…」
　するとエンリコ隊長はなんとも微妙な表情になっちまった。目だけをあちこちへぐるりぐるりと回していやがる。上や下、左右、と。ハガット班長も明らかに困ったような顔だ。
　ついにエンリコ隊長が指を組み合わせたり崩したりしながら口を開く。
「…うーん、鋭いあなたですから、こちらが何も言わなくてもご理解頂けるのではないかと…？」

　なるほどね。沈黙が答え、ってか。