TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[2-21]

　あのヘビモドキが騒ぎだしてから、なぜかこいつは黙っちまった。
　なんだ、何か…いや、何かあるってか…なんだ？
「なんかヤバいもんでもいるのか？」
「うーん…わかんない」
　こういうことには妙に鋭いやつだから何かあるかと思ったんだが…。

　何回か頭を振りながら、うーんうーん唸ってやがる。そのうちヘビモドキも大人しくなっちまった。すると「あれ？」とかつぶやきながら今度は首を傾げたり、視線があちこち動いたりしていやがる。…ほんと、何だってんだ？
　しばらく進むとそういうのもなくなっちまった。一回、「本当に何もないのか？」と聞いてみたんだが
「うん。今はね…たぶん、なんも、ない、と、思う、ん、だ、けど…」
　やけに自信なさげなんだ、これが。…俺にはどうこうできるもんじゃねえっぽいから、それ以上は何も言わなかった。

　それでも俺たちは潜っていかなきゃなんねえ。

　6階層目って言っても5階層目までとそう変わるもんじゃねえ。でも少しずつ変わっていくのも迷宮の特徴の一つでな。大きくがらりとは変わらない分、手おくれになることもある。まあ、そんなにひどいもんでもないがな。
　ここいら、つまりは6階層目…いや、5階層目から増えるのはトラップだ。3階層目くらいにもあるにはあるけどな。そうだ、あの落とし穴もそうだ。が、この辺になるともっとヤバくなってくる。中には命にかかわるものもあるから気をつけないといけねえ。
　この迷宮は作られてから大分経っちまってるから、作られた当時のトラップ、ってのはもうほとんど残っていねえ。調査によれば毒の水路とかそういうのもあったそうだ。水位からするとくるぶしまでもないような浅い水なんだが…その水に毒が入っていたって話でな。じわじわ皮膚から体の中へ入っていって…場合によっちゃ死んじまうんだそうだ。
「あり？　何でここだけ床がこんなにへこんでんの？」
「昔は水があったんだよ。今はないけどな」
　通路が丸ごとへこんでるんだな。つまりここにその毒の水が張ってあった…ということになってる。今は水も何もねえからこうやって歩いても問題はねえけどな。

　他にも踏むと矢の飛び出る敷石とか…上から槍が降ってくる、なんて定番中の定番のもあったらしい。でもそんなん、誰もメンテしなかったら動かなくなっちまうだろ？　それに矢なら木のところは腐っちまうし、槍もさびちまって天井の穴に詰まっちまう。敷石そのもの仕掛けも正常に動かなくなる。迷宮調査史によれば一つだけ作動する槍のトラップがあるらしいが…まあ、どんなもんかね。話半分、てなとこじゃないかね。
　それでも気をつけねえとな。今でも迷宮が危険な場所だってことに変わりはねえんだから。

「うお」
「…どうした」
「モナーク…あそこ…」
「…ああ、6階層目じゃ有名だな。ダークゾーンってやつだ」
　見た目はまんまなんだ。
「何、あれ…あれってとら、とーらっぷなの？」
「そうだ。罠の一つだな。古来からずっと続いている。今になっても理由は分からねえ。そんなトラップだ」

　こいつがビビるのも仕方ねえってもんだ。今までの迷宮じゃ、コチュウゴケがどこかしこにもあったもんなんだ。これが歩くにも休むにも適当な光を発している。だから俺たちはこうやって潜っていける。こいつがねえと何も見えねえ。俺らが頭にこいつが詰まった筒を乗っけているのも光が欲しいからだ。そうでないとホント、何も見えねえ。
　でもあいつが指した先には…本当の暗闇ってやつだ。コチュウゴケが一切生えてねえんだ。その理由は分からねえ。だから真っ暗で何も見えねえ…とかそんなもんじゃねえ。
　ここは地下なんだぜ？　地上の路地裏の暗がりとか月の明りもさえぎる場所で真夜中を過ごす、とかそんな生やさしいもんじゃねえんだ。本気で本当に光がねえんだ。…想像できるか？　…いや、無理だな。地上でしか過ごしてねえ連中には分かってもらえねえだろうよ。俺らからしたら地上の夜ってのは月がなくても結構明るいんだ。
　言っとくが…どっかの家の明りとかそんなん期待してるわけじゃねえぞ？
　夜空ってのは色んな色があるんだ。ただの黒じゃねえ。そういうのが分かるようになる。そう、俺らサポーターは迷宮から這い上がってきて真っ先にありがてえ、と思うのは昼間の太陽の光じゃねえ。夜の月明かりでもねえ。

　『夜の明るさ』なんだ。

　迷宮の中ってのは本気で太陽も月も光を差し込まねえから本当の『闇』になる場合がある。サポーターの訓練で、公式にはそんなのはないんだが『どれだけ暗闇に慣れることができるか？』って試練がある。2階層目に試験的に作られた部屋があってな、そこへちょっとの間閉じ込められる。…どれくらい耐えられるか、それを計るんだ。
　…正直に言おう。俺は一回目にしょんべんチビって『出してくれ！』って泣き喚いた。始まってそんなに経ってなかったんだ。
　怖いんだよ。理屈抜きに。でもな、不思議なもんで先輩のサポーターに何度か訓練してもらうと…怖くなくなってくるんだ。むしろ心地いい、とか思えることもある。クレータの酒場の喧騒とかな、ああいうのにうんざりした時に真っ暗闇に潜ってみると…なぜなんだろうな、落ち着いてくる時もある。そんな風になってきたんだ。