TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[2-24]

　おいおい、何がっかりした顔してやがる。ダークゾーンが危険だってのはこれがあってもなくても変わんねえんだぜ？　そもそもこれだってただの縄なんだ。腐って切れちまってたら意味ねえし、危険だ。俺らサポーターにはこういうのの報告義務があってな、どこそこの縄が切れている、とかどっかに崩れたブロックがあるから気をつけろ…なんてのを報告しないといけねえ。
　しかもそういうのは情報としてみんなに回るようになってるから、正規のサポーターならそういうのはすでに知ってるってこった。
　そうだ。こっちの方なら足元も安全だ、てのはそういう情報で知ってたからこのルートを選んだんだ。…でもまあ、それはあくまでも潜る直前の情報だからなあ…数日程度のタイムラグはあるし、俺らが潜った直後にどっかで落盤、とかそういうのがあったらさすがに対処しきれねえ。

「なんだか水に潜るみたいだね。こう、すうーっと息吸って」
「お前、潜ったことあるのかよ」
「ううん。聞いたことあるだけー」
　お気楽なもんだ。これから『島』を出るってのに。

　…それでも水に潜る、ってのはある意味正しいかも知れんな。『島』ってのは本当に海に浮かぶ島みたいなもんだからな。ずっと海を泳ぐとか潜るとかしてきて、息継ぎに島へ上がる。呼吸を整えたらまた海ん中へ、だ。ダークゾーンの中はどうしても緊張しちまうから正しく息抜きって感じにはなるな。
　いや、俺もこんなこと言ってるが海は見たことねえよ。タウロン湖って大きな湖に行ったことはあるが、あれは仕事みたいなもんだったしなあ…ああ、もちろんサポーターとして、じゃねえよ。アリサって幼なじみの弾丸職人が材料を取りに行くってんでちょっと付き合っただけだ。あそこは本当に大きな湖でな（もっとも、他の湖を知らない俺が言うのもなんだがな）島もいくつかあったんだ。島って言っても人なんかも入れねえような小さなもんだったんだが…そうか、あれが本当の島ってやつか…とか妙に感心しちまったもんさ。

　おっと。いけねえ。ダークゾーンてやつは緊張もするんだがこんな風に、ふ、と気が緩んじまうこともある。ちょっと引き締めねえとな。ポカやるわけにはいかねえ…？

　なんだ？　『島』…？　いや、あんなとこにはねえはずだ。
　手にしているアジャの縄をしっかりと握り締める。…そうだ、間違いねえ。歩数が合わねえ。さっきの『島』からなら次のはもっと先のはず…？　じゃあ、あの光はなんだ…？　ぽつん、と浮いてやがる…？　まさか、ダークゾーンから抜けるほどにも歩いてねえぞ…？

「モナーク！」

　ぐい、と後ろから引っ張られる。…俺は？　一体？
「どうしたのさ？　いきなり曲がるなんて？」
「曲がる？」
　しばらくは真っ直ぐ進むだけだぞ？
「そ。いきなり右手の縄を放してさ、ふらふら…って。ね、ちょっとだけさ、ポコポコに火、吹いてもらっていい？　よく見えない」
「あ。ああ…そうしてくれ…」
　さっきの光は…もうない？　なんだったんだ？　俺は…何を見た？
「ポコポコが気づいたんだよ？　なんか急にどたばたやり始めたと思ったらモナークがふらふら～ってね。よっし、じゃあ、ポコポコ、軽くだよ？　かーるく吹いてみて？」

「ポポ、ポポポ…」

　一本の火の棒ってなとこか。ヘビモドキの口から炎が出てる。ああ、そうだ、縄、放しちまったんだな。これでどこに落としたか分かるってもんだ。誰だったか、先輩でいたんだよな。ダークゾーンで思わず縄を手放しちまって危うく遭難しかけたって…。
　おい…明るい？
　ダークゾーンの中は火も着かねえって話なんだぞ？　一つには俺らサポーターが着火装置を持ち歩かねえってこともある。火を着ける道具は地上に置いていくってのが決まりみてえなもんなんだ。でもどこにでも不届き者ってのはいるもんでな。こっそり迷宮に持ち込む奴もいる。そういうのは警備隊も遠慮しねえでとっ捕まえるらしいんだが…それでもダークゾーンの中では火が着かなかった、って話が伝わってる。いや、正確には火は着くんだがすぐに消えちまうらしい。
　もちろん理由は分からねえ。湿気が多いからって言う奴もいるが…それほどじめじめしてるわけもねえしな。

「モナーク、大丈夫？」
「ああ、もう平気だ。しかし…」
　これがダークゾーンの中ってやつか。へえ…まあでも、普通の迷宮内とそう変わらんわな。5階層目よりちょっと壁の色が濃い目、とかそんなもんだ。
「…あう。消えちったー」
　こいつの妙な声で明りはおしまい、だ。もとの真っ暗に戻っちまった。まあ、ヘビモドキもそんなに長く吹いていられねえだろうし…何かの時に役立つかも知れん程度だな。