TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[2-34]

　かっくう…。
「お前、俺の言ったことの意味、分かってるか？」
「え。かっこーがかっけーかっくーとかそんなもん？」
　するとモナークは大きく息を吐いて…頭をぼりぼり。
「ま、お前にそんなこと期待してた俺もバカだったけどよ。…滑空ってのはこういうこった」

　ひょい、と壁からくらたばやましを手に取って。
「うわ。触ってもいいの？」
「少しくらいならな」
　てにひらにくりやまやまやま…ま、いいや。それを乗せて僕の前に。僕の手のひらほどもないよ。尾っぽ長いけど。
　お、結構おとなしいんだね。と言うより何が起きてるかわかってないのかな…モナークのてのひらの上で両手ついて辺りをきょろきょろ見回してる。
「目、おっきー…」
「迷宮の生き物は大抵どっちかだな。目が大きいか、目がないか」
「それってあれだよね。光が少ないからっしょ？」
「なんだ。知ってたか。やるじゃねえか」
　えへへ。ほめられちった。

　肌はね、なんかぺとぺとしてるのかなー…と思ったら意外としっかりしてるんだ。つやつや光ってた…と言ってもきらきらしてるわけじゃないよ？　なんかねー、うんとねー、磨きたてのツボみたい。つやつやぴかぴか。
「これが膜だ。こいつで滑空する」
　モナークがそっと前足をつまんで軽く引っ張ると、前足と後ろ足の間にびろーんってまくが出てくる。色はね、くらったったって…もういいや、くらっちで。こらっちは黒っぽいんだけど茶色になってる。これで空を飛ぶのかー…。
「けろっちってさ、自分で飛べるの？」
「…けろっちってなんだ」
「このコ」
「ク・ロ・ト・ビ・ヤモリだ。どこからそんな妙な名前が出てくるんだ。ったく」

「でさ。く、ろ…このコ、飛べるの？　自分で？」
「自分じゃ無理だ。自分で飛ぶには膜が小さすぎるし何より筋肉がねえ。骨もそうなってねえみてえだしな」
　およよ。なんだあ…そうなんだ…って、ポコポコ？　どしたの？
　僕の頭の上からぐいっと頭をくろ、くろ、くろとばたましへ。ふんふん、とか聞こえるから匂いでもかいでるのかな。

『ふしゅっ』

　おわあ、びっくりしたー…何々？　えー？　何これ…逆立ちしてる…？
「ははは。驚いたか。クロトビヤモリは敵を威嚇する時に音を立てて逆立ちするんだ。膜を大きく広げて背中を見せるんだな。茶色の膜の真ん中にはこんな風に明るい黄色の円があってな、これにも敵を驚かせる役目がある」
　あ。ポコポコ僕の頭の上に戻っちゃったよ。びっくりしちゃったのかな、やっぱ。
「さ、こいつはもう戻してやろう。でないと飛ぶところも見えんよ」
　そう言うとモナークは手を伸ばしてく、く、くー…を壁に。そんなとこで落ちたりしないのかな、と思ったけどぺとりと張り付いてる。もちろん逆立ちのポーズも、もうしてないよ。迷宮の壁は白っぽいのが多いから目立つかも…ううん、そうでもないや。ちょこちょこっと移動してね、黒っぽいカビか何か生えてるところへ潜りこんじゃった。こうなるとどこにいるか全然分からないね。

　…なんだけど。
「飛ばないね」
「…ああ。飛ぶ時はうるせえくらいに飛ぶんだがな」
　さっきもそうだったしね。

　僕はしゃがみこんで、モナークは壁によりかかってる。どれくらい待ったかな、ちょっと眠くなってきたくらいに…チョウが飛んできたんだ。チョウだよ、あのひろひら飛ぶやつ。色は黄色っぽいんだけど黒い筋が入ってる…と思うけどよく見えないや。
「あれ？　チョウなんかいるんだ迷宮って」
「何種類かいるらしいぞ。でもあれってガじゃねえのか？」
「チョウなんじゃないの？　あんな風にふわふわ飛ぶのって」
「ガもああいう風に飛ぶのがいるだろうが」
「そりゃそうだけど…チョウとガってどこが違うんだろ」
「知らんよ」
　…あ、飛んだ。く、く、くー…あれが、水場のそばの壁目がけてすうっとね。飛んだんだ。ホント、滑るみたいに飛ぶんだね。チョウの方は気づいてないっぽいね、水場に降りて普通に水を飲んでる。
　そしたら…あれに、ぱくって食べられちゃった。羽根だけが口から見えて、もごもごしてる。
「ああいう風に飛ぶのを『滑空』っていうんだ。分かったか？」