TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[2-35]

「…ほえええ…」
　やっぱりこういうのを見たことねえんだな。目、丸くして驚いてやがるぜ。
「よし。行くか。クロトビヤモリはこれから階層が深くなればなるほどどんどん出てくる。そのうちイヤってほど見ることができるからな、ここはこれくらいでいいだろう。…ほら、行くぞ」
　チョウだかガだかを食べてるクロトビヤモリに、正に食いつきそうなバカをなんとか引きはがす。ふう。こんなんにじっと食事風景見られてちゃ、ヤモリも迷惑だろうよ。

　7階層目には店があるが、町はない。
　5階層目の次の町は11階層目にある。…そこまでこいつが辿り着けるのかどうか、その辺もちょっと問題だけどな。…これから何かあるのか、って？　特に何もないさ。ダークゾーンみてえな階層丸ごと、なんて大きなトラップはそうそうねえからな。27階層目に床が動く、ってトラップがあるにはある。どういう仕組みだかは解明されてねえが、目の前を床が動き回ってるんだ。乗っかってみると歩くよりはちょっと速いくらいに勝手に進んでいくんだ。大きな荷物があっても、何人乗ってもびくともしねえ。ずんずん進んで行っちまうんだ。
　これまでみてえに通路が入り組んでるってわけじゃない。いくつか大きな部屋があって、それぞれが繋がっている、という…なんだ、なかなか珍しい造りになってる。しかしその動く床の方向、つまり行く先を見極めないとなかなか先には進めないようになってて、下手すると同じところをぐるぐる回ることになったりする。そこら辺が難しいところかね。全部の床が動いてるってわけじゃなくて動いてないところもあるしな。
　それどころか来るたんびに動く方向が変わる、前に来た時には動いてなかったのに今回は動いてる、なんてこともある。めったにないんだが、ヤーネンの奴が一回だけ経験したって言ってたが…それまで順調？に動いていたのにだんだん動きが遅くなって、ついには止まっちまって降りる羽目になったってな。そういうとこに床が動く秘密があるんじゃねえか、って学者がちょくちょく調べに来たりもする。
　でも決定的な、これだ、という説は今まで出たことはないらしい。つまりはよく分かってねえってことだ。

　仮説で一番有力なのは「水力説」だけどな。…迷宮内にこれだけ泉があるってことは周囲の地下水脈が豊富だ、ってことになる。場所によっては「地下の河」みたいなものもあるんじゃないか、とか言われてる。その流れる力を動力に変えて床を動かしているんじゃないか、場合場合によって動きが違うのはその「地下の河」の流れが若干でも変わっているからじゃないか…ってな。
　でもこれも仮説だ。証明できねえんだもんな。迷宮のカベ崩して調べるわけにもいかんもんなあ。例の町の近くにある裂け目に入って調査、とかできたらいいんだろうけどなあ…最近はそんな大がかりな調査もねえんだ、これが。

　そんなことを考えながら歩いて行くと。ぽつりと言いやがった。
「…なんか、広いね、ここ」
　口調が気になるな。投げやりじゃないが、それに近い。
「ああ」
　そろそろ来るかな、とは思ってたんだが…やっぱり来たか。

　大したことじゃない…わけでもないか。実はこの7階層目は俺らの間じゃ「お試しの限界」と呼ばれてる。初めて迷宮に潜った、とか、あまり野外で活動しない、とかそういう連中が潜ると大抵の場合この階層でやる気がなくなってきちまう。それまで元気だったのにいきなりしおらしくなっちまうんだ。
　すぐ上の階層にダークゾーンがあるってのも大きいだろうな。
　あれは俺らサポーターでも緊張する階層だ。そんな気合の必要な階層をようやくクリアして、そして7階層目は特に何もない、普通の階層だ。しかもなぜか7階層目はまずカウントがない。そういう「イベント」があれば気晴らし…ちょっと違うか、まあ、やることがあれば人間そうはクサらないもんだ。
　しかしここまで来て、気が抜けちまうと…まず「広い」とか言い出す。そして次には「もう、帰ろうか…」とか言い出すんだ。逆に言えばここを越えることができりゃもっと深い階層へ潜ることも可能になってくるんだが。一度そういう風になっちまうとなかなか元に戻らねえ。これまで何度もあったんだ…依頼途中でここから上へ向かった、ってことは。

　こいつはどうなんだろうな…そんな深いこと考えるかどうかってこともあるが…。

「ね。モナーク」
「なんだよ」
　今は後ろにいるからどんな顔してるかは分からねえ。俺の突く杖の音しかしねえ。
「…次の水場ってさ、近くにある…？」
「そうだな」
　そう遠くないところにある。けどな…。
「行きたいのか？」
「…うん。できれば」
　歯切れ悪いな。
「んにゃ、ちが…すぐに、水、だってさ…」
　…どうしたんだ…？

　後ろを見てみると。あのヘビモドキが頭にくるりと巻きついてやがる。…何やってんだ？
「なんかね、ポコポコが、ね…水飲みたいんだって…ああ、イタイ、イタイってば、ポコポコ、お願いだから、分かったから、もう放してよ…」