TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[2-38]

「正真正銘、こいつがミノマリナ産のつる性キロの実だ。どうでい、すげえだろ？」

　…また始まったよ。今度はつる性キロの話か。ったく、いつもいつも。

　こいつの友達の時は言わなかったが、このミノマリナ迷宮にはつる性のキロがあるってことになってる。
　いや、言わなかったのは別に意地悪とかじゃねえよ。…確証がねえんだ。
　ブルームも多分その辺は知ってたんだと思う。でないと依頼を受けることもねえだろうし、ここまで潜ることもねえだろうしな。確証がねえ、ってのはじいさんが今手に持ってるアレが本当につる性キロかどうか分からねえってことなんだ。迷宮のどこでこれを採ったかも分からねえ。そもそも「つる」を誰も見たことがねえんだ。つる性キロなのによ。

　俺も実際に現場を見たことはねえんだが…床なんかにばらばらっと散ってるもんらしい。そのうちのいくつかを「つる性キロ」と勝手に名前つけて売ってるんだ。…バカバカしいだろ？　誰も本当に本物かどうか知りもしねえもんをさもありがたがって売ってる。
「どうでい？　坊主なら特別に一つ金貨20枚で売ってやろう」
「えー？　高いよ」
「んん？　いいもんてのはなあ、どんな大金払っても惜しくねえもんなんだ。それがいいもんってやつの心意気ってもんよ。そういうとこが分かるようになって初めてオトナって言えるんだ」
　…やっぱり話が段々怪しくなってきたな。そろそろ止めるか。まあ、こいつもさすがにこんな怪しげなもん、買おうとはしねえだろうけどよ…。
「ね、ところでさ。マーシャちゃんはここに来なかったの？」
「まー…しゃ？」
「そう。僕の友達でね。かわいい女の子。えっとね、ぶ、ぶ、ぶるーなんとかってサポーターのお姉さんと一緒だったはずだけど」
「ブルースの野郎なら古い馴染みだぜ。やっこさん、こないだもここへ来たっけな」
「え？　ぶるーすじゃなかったような…」
「あいつもかわいそうな野郎だぜ。どっかのトラップに引っかかっちまってよ。腕一本なくしちまったんだ…」
「えー…それはかわいそう…」

　あのな…。
「そのブルースじいさんってのは今は酒場でバーテンやってんだ。ほとんど趣味だがな。さすがにもう年だから迷宮には潜ってねえけどな」
　引退したサポーターってのは協会や酒場なんかで働くことも多いんだ。ブルースじいさんは名跡を息子だか孫だかに譲って（俺の『モナーク』にも先代がいる。親父の弟、つまり叔父さんが昔使ってたんだ）酒場で悠々自適ってやつかね。カクテルなんか作らせると手つきも味も見事なもんなんだ。
　じいさん誰かと間違えてんだな。いや、作り話か？
「じゃ、腕は？」
「あるさ。両方。心配すんな。…もういいだろう。じいさん、俺たちはもう行くぜ。ったく結局こうなるんだよなあ…」
「…モナーク…」
「何だよ。もう行くんだぜ。何も買ってやれなくて悪かったな。また今度寄らせてもらうわ」
「…モナーク…」
「あのな…何だよ？　どうしたんだよ？」
　…かくん、と頭を垂れちまった。おいおい…？

「モナーク…これ、ちょっとヤバいかも」
　すうっと後ろへ下がってくる。俺とじいさんの間に割り込むように…何だよ、何だよ？
「何が…ヤバい？」
　店ん中でカウントってか…？　めったにねえんだがな…。
「おじいさんって感じじゃないよ、これ」
　すると…ぐいっと顔を上げやがった。口は半開きでだらしない。目は開いているけど、こりゃあ…どこを見てる？　どこも見てねえみてえだ…。ずうっと上か？　それとも…本当にどこを見ている？
　たしかに…じいさん…なのか？　本当に…？
「チョウ…チョウだ、モナーク…」
「ちょう？」
「つる性キロを食草とする蝶がいる。それを探せ…モナーク…」

　それっきり、だ。ばたん、とうつぶせに倒れちまった。ぴくりともしやがらねえ。
「だ、だいじょぶ…だよね？」
「…ああ…」
　さすがにあわてて抱え起こして揺すってみたんだが…目を覚まして最初に言ったのがこれだ。

「メシは…まだかいのう？　おや、お前は…誰じゃったかのう…？」