TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[3-1]

3:依頼人の謎

　それっきり、だ。いつものじいさんに戻っちまった。
「のう、モナーク、これは…なんじゃったかのう？」
　さっきまで散々自慢してたつる性キロだっつーの。

「もういいだろ。行くぞ」
「うん…でもおじいさん、だいじょぶ？　こんなとこで」
「時々見回りが来るんだ。それにじいさんの孫もサポーターやっててここに来ることもよくある。…気にすんな。俺たちはこうやって昔から生きてきてんだ」
　…何だよ。
「そだよね、うん、そだよね。みんなこうやって生きてきたんだよね。だからおじいさんここに放っておいてもだいじょぶなんだよね？　きちんと生きていけるんだよね？」
　…なんか若干方向性が違うような気がするが。それにじいさんは犬や猫じゃねえぞ。
「まあ、そんなとこか」
　たしかにあんなじいさんをこんなとこに置いてくってのは…気にならないわけじゃない。でも以前からこういうとこで生活してきてるんだ、あのじいさんも。ちょっと理解しにくいかも知れんが、クレータに生まれた人間にとっては迷宮があるのが当たり前なんだ。地上にいても迷宮で生きてる、って言ってもいい。あって当たり前。自分の体の一部みたいなもんなんだ。
　だから、…何と言ったらいいかな。まんま迷宮の中の7の店にいるじいさんも、町中だけどサポーターがたむろする酒場にいるブルースじいさんも一緒なんだ。みんな当たり前にそこにいるんだ。迷宮にも町にも。迷宮の硬い床の上でくたばりたいってわけじゃねえ。けど、迷宮に関係してきた連中はやっぱり潜ったりそれっぽい場所にとどまっちまう。迷宮が好き…とかそんなんじゃない。馴染みの場所にいつまでもいたいって言うかな…なんだか俺もうまく言えねえや。
　けど、俺も…多分あんな年になっても迷宮に潜ってると思う。そういうもんなんだ。

　そして俺たちは7の店を後にしたんだ…。

　7階層目はトラップも何もねえ。ダークゾーンもねえ。だからふとヘンなこと考えちまうのが多いってのは前に言った通りだ。
「モナーク…前！」
「よし！　こっちへ追い込め！」
　だからって何でこんなにカウントが多いかね。…まあ、相手はこっちの事情なんて知ったこっちゃねえんだけどな。

「ふう。ウロコモグラ3にミマヒキガエルモドキ5か…さすがに階層が深くなってくるとこういうのが増えてくるな」
　ウロコモグラてのはまんまモグラだな。大きさは子猫くらいはあるけどな。でも両方の前足と頭にウロコみてえな固い部分がある。それで穴掘って迷宮の壁壊して出てくるのか…ってっとそうでもない。土をかき分けるくらいなんだな。だから破損した壁から出てくることが多い。人間に向かってくる、と言うより目が見えねえからとりあえずぶつかってくる、という方が正しいらしい。だからかわしちまうとそれっきりって相手だ。
　ミマヒキガエルモドキは…長い名前だけどな、カエルと付いてはいるがカエルじゃねえ。ややこしいんだがトカゲやヘビと同じような連中だ。しかし後ろ足を曲げてのたのた歩くからやっぱり「カエルだ」と思っちまう。でも跳んだりすることはねえ。…でもヒキガエルと同じように目の後ろに毒腺があって時々飛ばしてくる。実は結構な毒でな。目に入ると失明したり、間違って飲むと死ぬこともあるらしい。そこら辺だけ気をつけていれば、まあ危険はねえだろうよ。動きも遅いし。
「うん。でも結構やりがいあるね、こういうのって。ポコポコも楽しそうだよ」
　あのヘビモドキもまあ、元気なもんだ。店に入る前とは大違いってやつだな。あいつの頭の上で誇らしげにとぐろ巻いて鎌首もたげてやがる。何もしてなかったけどな、こいつは。

　ところで、な。
「…おい」
「何？」
「お前…一応生物調査に来たんだろ？　だったらさっきのやつらの生態とかチェックしなくていいのか？　報告書だって上げないといけねえんじゃねえのか？」
「あ。そだった。そだった。えっとね…」
　背負っていた小さなカバンから何やら取り出す。…おいおい。
「お前…そんなメモ帳でどうする気だ？」
「えっとね、さっきの何だっけ？」
「ウロコモグラとミマヒキガエルモドキだ」
「…うっきーとみがえるだね？　えっと…うっきーは…かべから出てきて…どーん！　みがえるは…なんか歩いて行きました、っと！　これでおしまい。うん、ばっちし」

　…何がどうばっちしなんだかなあ。まあ、俺の仕事にゃ含まれんからいいっちゃあ、いいけどよ…。
「後でもうちょっと詳しく教えてやる。書き直せ」
「えー？　もうこれでいいじゃん…」
「よくねえ。それからせめてノートくらい大きなのを使え。…ほれ、俺のをやる。そのメモ帳には気がついたことをどんどん書いていくんだ。で、こっちへ整理して書き直せ。いいな？」