TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[3-4]

「…あるのかな、そんなん」
「だからそれが問題だっつってんだ。ほら、さっさとノートにまとめていけ。ウロコモグラに関してはそんなもんだからな…俺も」
　学者ならもっと知ってるんだろうがな。俺らはざっとした知識しかねえから、まあ、こんなもんだ。

　でも迷宮以外でそんな大きな空間があるのか…ってのは俺らサポーターの間でも何度か話題になるんだ。
　…そう、5の町にあったあの大きな裂け目だな。通称『5の裂け目』とも呼ばれてるアレだ。ああいうのが他の『町』のもあるってのは…俺、言ったっけか？　今んとこサポーター協会で確認されてる『町』は5、11、28、37、と4つある。その全てに『裂け目』がある。だから実はとんでもなく大きな空間にぽつん、と建ってるのが迷宮なんじゃねえかって話もあるってのは前に言ったよな？　ま、建ってるってのはなんかヘンなんだが、それくらいしか思いつかねえ…石組みの建築物って見方もできるからな、迷宮ってのは。
　ウロコモグラの土捨て場はその裂け目の中なんじゃないか、裂け目を通って行った先なんじゃないか、とか色々調べてる学者もいるらしい。それでも…きちんとしたことは分からねえ。

「ね。モナーク」
　あの柔らかい土を指先でこねくりまわしてやがる。
「何だよ」
「こんな風に柔らかい土ってさ、迷宮じゃ珍しいんだよね？」
「ああ」
　迷宮の壁は石組みだらけだからな。
「じゃあさ…なんかに使えるんじゃないの？　これ？」
「何か…ってなんだ」
「なんかはなんかだよ。さっきモナークもちょろっとビンに入れてたじゃん」
「あれはたまに欲しがる奴がいるからなんだが…お前、今日はどうした？　なんか鋭いじゃねえか」
「えっへへ…ほめてほめて？　もっとほめて？」
　にたにた笑うな、きもちわるい。
「あんまりほめるとクセになるからな、ここらで止めておくのがちょうどいいんだ」
　今度はぶーぶー言い出したが、ま、いつものことか。

　こないだ酒場で会った学者が面白いことを言ってたんだ。…俺も初めて聞く話でな。その場にいた他のサポーター連中も初めて聞く話だったらしくてな…みんな黙って聞き入っちまった。何でも南の方から来たって大柄な学者だったが、見た目だけだと学者には見えねえ、どっちかって言うと屈強な農夫ってな印象だった。
　酒もかなり強い方でかっぱかっぱ飲んでやがった。酒場だから当たり前っちゃ当たり前なんだが…そのうち誰かが話しかけてみたら…こんな話を始めやがったんだ。

『空気？　土に空気が必要なのかい？』
『そうだ。植物が育つには空気が必要なんだ。お前らは知らんだろうがな、植物を十分に成長させるには空気を含んだ土地が必要なんだよ』
　ジョッキをあおって…一気に飲み干しやがった。満足そうに息を吐いて、おかわりを注文。
『なんだ、根っこから空気でも吸うってのかい？』
『何言ってんだ、そんなんじゃねえ。いいか？　根っこを伸ばすってことは土を押しのけるってことなんだよ。自分の根を張る空間を確保しとかなきゃなんねえってことだ。でもほとんどの植物は土を掘り返したりできるほどの強力な根なんか持ってねえ。だからあらかじめ根を伸ばしやすい、空気を含んだ柔らかい土が必要なんだ』

『農夫の人たちが畑を耕すだろう？　あれもそういう意味があるんだ。根を張らねえと成長できねえからな』
『へー…。で、あんたはなんでクレータまで来たんだ？　植物の研究者なんだろ？』
『ああ、そうだ。俺は迷宮にいるっていうモグラを調べに来たんだよ。お前らサポーターなら知ってるだろ？　迷宮の石を突き破るほどのモグラがいるって話じゃねえか…って、おい、なんで笑うんだ？』
　ぐるりとやや赤い目で見回す。そりゃ、そうだ。俺も思わず吹き出しちまった。
『先生よ、そいつは噂話に尾ひれが、ってやつだよ。そんなヤバいモグラはいねえよ。ウロコモグラって、ちょいとばっかし大きなモグラはいるが…せいぜい壁の割れ目から飛び出してくるくらいだ。コチュウゴケの光が苦手なんだろうな、あっちこっち走り回って割れ目に逃げ込んじまうのさ』

　すると…その学者は静かにジョッキ（もちろん中身は半分もない）を置いて…両肘をテーブルに着いて考えこんじまった。
『どうしたい？　もう酒がまわってきちまったのか？』
　誰かがからかうように言ったんだが…ほとんどの奴はそう思ってなかった。新米でもない、何度も迷宮に潜ってるサポーターなら一度や二度、どころかかなりの回数、学者を案内するもんだ。そして学者ってのはルートセラーとはまた違った顔を持ってるもんなんだ。
　純粋さ…って言ったらいいかな。自分の研究対象に対してとんでもなく純粋なんだ。そしてそういう対象が絡んでくる場面になると、大抵の学者はこんな顔になる。真面目は真面目で真剣な顔なんだが、どこか楽しそうな、笑みを静かにたたえてて…普通、真剣な顔って言ったら怖そうに見えるもんなんだが、なんだかそうは見えねえんだ。実際に見たことねえと分からねえだろうな、あの複雑さは。