TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[3-8]

　俺もそんなにえらそうなことは言えんけどな。タウロン湖行ったのだってかなり前のことだしな。
　まあ、でも…とにかくこいつが戻ってきて良かったってとこか。今こいつにいなくなられると、ちょいと困ったことになりそうだし…な。

　8階層目だ。壁の色が少し、濃くなったよね…とあいつが言ってたが。そんなもんかね。俺にはいつもと変わらんように見える。
　あれからカウントはない。俺らだってのべつまくなし戦ってるわけじゃないからな。ほとんどはこういう…なんだ、何もなしにただ迷宮を歩く、ってのが多いんだ。だから迷宮に潜るやつ、ってのは気の長いやつが多いのか、と言えば…そうでもないんじゃねえか？　どっちかって言うと…そうだな。何か目的を持ってるやつの方が迷宮に潜っても長続きするのかも知れんな。
　…長続きってのはちょっと変か？
　いや、実際いるんだ。クレータに来て、観光気分でちょっと潜ってみたい…なんてお金持ちがな。別に観光で潜ってもらっても構わんさ。潜ろうと思えば誰が潜っても問題はねえよ。ただ、「よーし、300階層目まで潜っちゃうぞー」みたいなことを言っておいて2階層目でギブアップ、とかほとんどはそんなもんなんだがな。

　観光目的で潜る場合は学術調査（一応こいつもそういう目的で潜ってるんだが）で潜る時とはまた違うんだ。状況が。迷宮の入り口ってのはクレータの警備隊がきっちりガードしている。その巡回時間のスキを突いて潜るわけなんだが…学術調査なんかの場合だと客が慣れてるせいもあるかも知れんが、こっちの言うこともきちんと聞いてくれることが多い。ああ、こいつみたいなのは例外だと思ってくれ。仕事で来てるならあんなことまではしないさ。ほとんど一発で潜り込める。
　でもなあ、観光目的の場合はなあ…明らかに遠足気分だからな。こいつ以上に騒ぎまくることもあるし、勝手にどこか行こうとするし。大抵は一度は失敗するんだ、潜るのに。潜ったら潜ったで、ヘタに危ないとこにでも行かれたら訴訟もんになったりすることもある。だから慎重に行かないといけないんだが…それが一番難しかったりするんだよなあ…。

「お。8階層目の名物だな、これは」
「めいぶつ…？」
「ちょいと珍しいもんなんだぜ。…移動床ってトラップは知らないだろう」
「いどうゆか…ふうん…ふむ？」
　腕組んで考え込んじまった。やっぱり知らないのな。

　床は今までと同じように石を組んである。でもここら辺だけはちょっと違う。
　石と石の間にすき間があるんだ。もちろん、今までだってすき間くらいはあったさ。でもこんなに広くないんだな。紙一枚も入りそうもないくらい…そんな程度だからすき間、って呼ぶのもなんかおかしいくらいだ。
　でもここのは明らかに「すき間」なんだ。そしてなんでそんなもんがあるのか、と言うと床そのものが動くからなんだ。

「え。コレ…動くの？」
　なんだなんだ、その期待に満ち満ちた目は…どうなっても知らんぞ。
「残念なことにここのは動かねえ。下の階層には今でも動く移動床がある。…まあ、楽しみにしとけよ」
　20階層目までの間で二番目に多く遭難者が出るのがダークゾーンで、一番目は移動床なんだってこいつは知らないだろうしな。
「なんで動かないの…？　あ、でも、ちょっとズレる…」
　手で強く押してみるとちょっとズレたりはするんだ。それだけだがな。
「やっぱりいくつか説はあるんだが」
「ふむふむ」
「すき間をよく見てみろ。…広さがまちまちだろう？　こっちはこれだけ広いのにあっちは結構狭い」
　かなり前に動かなくなってるからな。すき間、って言ったってほとんどは砂や土が入り込んじまってる。だからちょっと見にくいけど…よく見てみりゃ誰にでも分かる。
「うん」
「下の階層にある、今でも動いてるやつはすき間の広さが一定なんだと。だから7階層目のは試作品…つまりとりあえず作ってみてどんな感じなのか試してみたんじゃねえか…ってな。それにそんなに長くはねえからな、ここのは」
　一本道の移動床、なんてあんまり意味のねえもんだしな。

「こっから…」
　端から端へ、こいつでも10歩かかるかかからないか、ってとこか。
「…ここまで、ってこと？」
　ひょいひょい、ってまあ…軽く跳んじまいやがった。
「ああ」
「たしかに短いね」
「他にも途中で工事をやめちまったんじゃねえか、とか色々あるにはある。どれもこれも確定はできねえけどな」

　迷宮のもんなんて大抵はそんなもんだ。こういう仕掛けを本当に古期だかの人間が作ったのか…って時々疑ってみたくなっちまう。分からねえことの方が多いんだ。