TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[3-11]

　何気ない、という口調なんだが。
「…長さに限りなんかないもんだ。一ヶ月二ヶ月じゃ終わらねえ調査てのもあるしな」
「ふえ。そんな長いの？」
「もっとだ。一年以上潜るやつもいるし…」
　迷宮の天井へ目を向ける。石組みのしっかりした天井だ、とか思うかも知れねえが実は結構あちこちにヒビやらが汚れやらがあるのがここからでも見える。やっぱりかなり古い迷宮なんだよ、ここは。
「うげえ」
「うげえ、じゃねえよ。俺が知ってるだけでもそんなもん、ってことだ。もっと長いやつがいてもおかしくねえよ」

　一年以上潜る、となると警備隊とか町の商人とかいつも迷宮にいるやつらか、と思うかも知れねえ。でもほとんどはよそから来た学者とかそんなんばっかりだ。調査のついででついずるずると、てな。当然付き合うサポーターもそれくらい潜ることになる。
　迷宮に常駐している連中てのは十日に一度くらいは地上に戻ることになってる。王国の方で決まってるとかそんなんじゃねえ。特に罰則があるわけでもねえし、戻らなかったら強制的に送還、とかそんなんでもねえ。長年の慣習というやつらしい。これくらいに一度は地上へ戻っておいた方が気分的に楽になる、とかそんな風に言ってた商店のやつもいたっけな。あの時はやっぱり迷宮てのは本来人間が入り込むべき場所じゃないんじゃないか、とかそんなことも思ったもんだ。

　ああ、でも深い階層の町になるとそうでもねえか。あいつら、一体何日こんなところにいやがるんだとか思うこともあるしな。
　十日に一度程度だと…そうだな、5の町とか11の町とかそれくらいか。それくらいなら一日二日程度で地上と往復しようと思えばできる。町、てのは他にも『28の町』と『35の町』がある。見ての通りその階層に裂け目があって、町がある。それくらいになるとうまくルートを設定しねえと十日程度じゃ片道にも足りねえくらいになっちまう。片道に十日以上かかっちまうような場所じゃ『十日に一度は地上に帰る』なんてのは冗談以外の何もんでもねえやな。
　だから…もし、本気で100階層目を目指そう、と思ったらとんでもないほどの時間がかかるってことになるんだ。本当は。

「…なんだ、もう迷宮に飽きたか。まだ8階層目だぞ？」
「そんなことないやい」
　無意味に手を振り回したりしてやがる。もちろん寝たまま、な。
「たださ…やっぱ太陽が恋しいね、とかそんなこと思ったり…しない？」
「するさ」
　俺だって一応普通の人間なんだからな。
「サポーターはみんなそうなんじゃないか？　一番ほっとする瞬間てのは実は迷宮を出た瞬間かも知れねえ。そんなもんだろ」
「えーーーーー？」
　ぐるりとこっちを向いて…
「なんだなんだその目は」
「だってさ、さぽーたー、ってさ、迷宮大好きだから潜ってるんじゃないの？　仕事にしたんじゃないの？」

「大好きにも色々あるんだ。迷宮そのものが…って言うより迷宮の『何か』が好き、とかそういうもんだ」
「…何かって、何さ」
「例えば虫なんかの生き物だな。石ころが好き、ってのもいる」
「ホルガ先生だね」
「そうだ。ああいう風に好きだからそれをよく知ろうとして迷宮に潜るやつもいる。その辺は学者もサポーターもそんなに変わらんのかもな」
　学者くずれのサポーター、ってのもいないわけじゃないんだ。逆にサポーターやってたやつが、ひょい、とエギア行って学者になっちまった…って話もある。まあ、迷宮てのは場所が場所でかなり特殊だからな。いわゆる学術的興味とかそういうのを刺激されるもんなんじゃねえのかね？

「じゃあさ、モナークはなんでサポーターになったの？」
　おいおいそこまで身を乗り出して聞くことか？
「…お前はなんでルートセラーになったんだ？」
「…さあ？　なんでだろ？　マーシャちゃんが承諾書にサインしてたからね、僕もやってみるかな、とかそんなもん」
　聞いた俺がバカだったよ。こいつがそんな深いこと考えるわけねえってのに。
「ね？　なんで？　モナークは？　なんで？」
　あー、うるせ。
「いいだろ、別に」
「えーいいじゃんいいじゃん教えてよう、いいじゃんいいじゃん」
「もう寝るぞ」
「いいじゃんいいじゃんいいじゃんいいじゃん…」
　だめだ。こいつこのままだと本気で延々揺すり続けるぞ…少しでも眠りたいんだ、俺は。