TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[3-21]

「そう。そうね…」
　そして、ふと、天井を見上げる。
「『色つき天井』か？　ありゃまゆつばもんだぜ」

　移動床があるのは8階層目と9階層目、それに27階層目なんだがここ、9階層目には他にない特徴がある。天井に意味ありげに色つきの線が引かれてあるんだ。線、と言ってもそんなに細いもんじゃねえ。天井に組み込まれてある石のブロックに色が着けてあるんだ。だから移動床に乗ったままでも見上げれば確認できる。
　なんか意味があるんだろ、って？　そりゃまあなんかあるんだろうよ。何かはな。
　誰もがみんな思うもんなんだ。この『線』に沿っていけばどこかに辿り着けるんじゃねえか、ってな。実際、それっぽい場所に着いた色もあるにはある。でもほとんどはただの分岐点だったりいきなり途切れたりするんだ。『緑』だったかな、いわくありげな小部屋の前に着いたらしい。もちろん中には何もねえさ。何かあったのかも知れねえが…少なくとも今はただの部屋だったって話だ。その他はたしかに終点…と言っちまってもいいのかね？　…が分からねえ。大抵は途中で途切れちまってる。
　全部の移動床を解明できたらその謎も解けるのかもな。でもまだ無理な話だ。だから、学者の間じゃ移動床を設置する前に何らかの事情があって天井を塗り分けてたんじゃねえか…ってなことになってる。調査しようにもあまりにも複雑に入り組んでるんで、手の出しようがないってのが現状らしい。
「そんなもんだろ」
「…そうかしら…？」
　…何だよ。
「みんながみんなそう思い込んでるかも、ってこと。全部の移動床に乗らなくても調べる方法はあるでしょ？」

「ああ、あんたが言ってるのは『アルバティアの大実験』だろ？」
　アルバティアってのはシンポルニアスの首都ノスクルバーグの…なんとかって頭のいい連中の集まる学校の先生、いや、教授だったらしい。クレータじゃちょっとした有名人でな、十何年か前まではクレータに住んでるようなもんだったらしいが、今はノスクルバーグにいるってことになってる。今でも教授やってるのかね？　そこら辺までは知らねえがな。さすがにもう引退してるんじゃねえのか？
　最初は古代史を教えていたらしいんだが…ある時からいきなりクレータに入り浸るようになっちまった。理由は…分かるよな、迷宮にハマっちまったんだと。何しろサポーターの資格、それもCランクまで取ったらしい。思い切り迷宮に潜りたいってことなのかね。サポーターだからってみんながみんな誰かを案内しなきゃなんねえってわけじゃねえしな。一人で潜るってのもナシってわけじゃねえよ。悪いわけじゃねえ。
　…ああ、目の前にいるな。そういうのが。まあ、こいつはちょっと特別だ。
「知ってるの…？　ホイットニーのこと…？」
「サポーターで知らねえやつがいたらまずモグリだな。ホイットニー・アルバティアがいたから移動床の地図だってここまで完成したんだ」

　いや、別に移動床専門だったわけじゃねえ。他にも迷宮関係の研究をたくさんやってる。
　ただ…移動床で大掛かりな実験をやったことでも知られてるんだ。まず特定の地点…8階層目からの階段周り…でそこから出て行く移動床に記号を振っていく。そして順番に何か「しるし」を置いていったんだ。…その「しるし」は小石に記号を刻み込んだもの、とされている。
　当時の仮説では移動床は必ずどこかの分岐点に繋がっている、というものだったんだ。もしそれが事実なら「しるしの小石」は全てがどこかの分岐点に集まることになる。
　だから後は移動床に乗っていって、分岐点にどれだけ「しるしの小石」が辿り着いたか確かめたんだ。例えば最初に四つの小石を置いた、とする。その四つの移動床うちの一つに乗って分岐点にまで行く。もしそこに四つとも「しるしの小石」が集まっていればその四つの移動床の行く先はここ、ということになるわけだ。一回乗っただけで複数の移動床の行く先を調べられるってことになる。…もちろん全部の移動床の行く先がそんな単純なもんじゃねえけどな。
　それを繰り返していく。作業自体はカンタンだ。でもな、実際はかなり大きなことになる。ここだけで一体どれだけの移動床があるんだ、ってな。だからアルバティアも一人でやってたわけじゃねえ。
「他のサポーターも協力したって話だな。今でも酒場行くと年配のサポーター、いや、元サポーターがその時の話をしてくれるぜ」
「そう…」
「アルバティアの大実験は…結構時間かかったって話だ。何せ移動床からでないと乗れない移動床なんてのもあるしな」
　そういうとこもきっちり調べ上げたってんだから…相当に時間と手間がかかったはずだ。でも全部は解明されてねえ。一体どれだけ奥が深いんだか、迷宮てのは。
「色つき天井もそうだ。実験ではあまり関連性が認められない…ってことになってたはずだ」
「…そうなのね…」

　…うん？

　なんか様子がおかしいな、こいつ。

「色んなこと知ってるお前さんのことだ。アルバティアのことも知ってるんだろ？」
「それは、そうね」
「それともまさか本当に350年前からこの迷宮にいて、それ以上のことも知ってる、なんて言わねえだろうな？」
「………」
　なぜ、黙る。そこで。
　350年前がどう、ってのはあのハービーの怪談みてなもんだぞ…？

「行きましょ。あの子を探さないと」
　くるりと背を向ける。…なんなんだ、こいつ。一体？