TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[3-23]

「おい…どうしたってんだ？」
「なんでもないわ」
　なんでもねえ、って顔じゃねえよな…これは。
「さ。探しましょ。あの子を」
　怒ってるとかそんなんでもねえような気がする。かと言って笑ってるわけでもねえ。…元々あんまり感情を出すようなやつじゃねえしな。何て言えばいいんだか…そうだな、思い出し笑いを必死に噛み殺してる、ってのが一番近いかね？　それでもなんか違うような気もするんだが…なんなんだ、ほんとにこいつ？

　アデレードは勝手にずんずん歩いて行って、移動床の一つに乗りやがった。
「おい」
　俺も後を追う。追うしかねえって言ってもいいか。
　乗った移動床の行く先は…分岐点があるな、それほど大きくもない。2×2ってなとこかね。しかしやっぱりこいつは地図も何も見ねえで、ひょい、と乗りやがった。
「おい…待てよ」
「…何？」
　俺の知ってる限りじゃそんな度胸のある、いや無謀なサポーターはいねえ。
「お前、あいつがどこへ行ったのか知ってるのか？」
　すると。俺の方を振り返りながら下唇に指を一本、突き立てる。
「ええ。それが何か？」
　それが何か、だと？
「じゃあ、やっぱりお前は全部の移動床を知ってるってことなのか？」
　ちょっとだけ間を置いて、今度はゆっくりと首を横に振る。
「知らないわ。知っているのは…ここを作った人間だけでしょうね。あのホイットニーでも全部の解明は無理だった。でも私は知ってる。あの子が…火吹き竜が向かう先を」

　それまで首だけ振り返っていたのを、くるりと俺の方へ体ごと向き直る。つまり、こいつは後ろ向きに移動床に乗ってることになる。
　…おいおい、怖ええぞ、そりゃ。
　ここはそんなに速い移動床じゃねえから倒れたりはしねえだろうが…ここよりはるかにスピードのある移動床だってあるんだ。大きな荷物なんか背負ってたりしたらもちろん、普通に立つのも難しいってのもある。逆にゆっくり進む移動床なんてのもあったりするけどな。やっぱり分からねえことだらけなんだよ、移動床てのは。
「そこにあいつとあのヘビモドキが向かった、ってのか？」
「間違いなく、ね。火吹き竜はホクチゴケの中に卵を産む。そして生まれた仔は迷宮の奥へと向かう」
　…分岐点だ。
「ここからはそんなに速くないわ。進みながら話してあげる。火吹き竜の、この迷宮が存在する理由の一つを」

「まず最初に言っておくわね」
　普通に歩き始めるように…移動床へ。
「この迷宮が存在しているのは古期くらいから。はっきりとした年代は分かってないわ。でも数千年程度、ということ」
「…ああ」
「でもこれだけ多様な生物が存在している。中にはヤミギツネのように目が退化した生物もいる」
「それがどうした？」
　あのヤミギツネだけじゃねえ、他にもそういう生き物がいるにはいる。ここまで来たから分かると思うが…これだけあちこちに水がある、てことは魚とかそういうのがいる泉もあるんだ。その中には目が見えなくなってるのもいる。おっと、魚だけじゃねえ、イモリとかそういうのでも目のないのがいたりするんだ。まあ、要は必要ないってことなんだろうな。こんなとこじゃ光に頼る方が効率悪そうだしな。
「…おかしいのよ、それ」
　移動床の幅はそんなに広くはない。だからあいつは俺の前に乗っていて、今度は前を向いたままなんだが…。
「生物はそう簡単には変化しない。ここができた当初、もし仮にここへ誰かが普通の生物を連れてきて住まわせた、あるいは野生の動物が入り込んだ、として…これくらいでは変化しない。短すぎるの」

「…？　そういうもんか…？」
「そう。生物の変化は確実に、でも緩やかに起きていくの。それがここでは速く起きている…？　そんなことあり得ない」
「ふうん…」
「だから考えられるのは一つ。この迷宮はすでにあった地下洞窟を利用して作られたの。暗闇に適応した生物がいるのは、古来からその洞窟に住んでいた生物たちが移住してきた、ということなの」
　…そう言や、なんだかそんな話を聞いた…いや読んだような？
「どっかの学者か何かがそれ、言ってなかったっけか？」
　横を見てみると、小さく首を傾げている。知らねえのかよ。
「えっとな」
　俺もそんなに詳しくは覚えてるわけじゃねえんだが…えっとなあ…なんて名前だったっけか…。
「名字だけは通ってるはずなんだ。…いや、学者じゃなかったか…？　…ああ、そうだ、オールドマンだ。迷宮関係のあのオールドマン家と同じだったから覚えてたんだ」
「オールドマン家の人が…？」
「違うんじゃねえの？　オールドマンなんて名字は結構あるだろうしよ。それに名前の方はあんまり聞かねえのだったし。…そう、ジョ、ジョ、ジョー…ジョンだったか。ジョン・オールドマン。迷宮調査史の、これから載せる予定の資料か何かで見たんだっけか」