TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[3-26]

　私の名前は…エルネスタ。エルネスタ・バラハス。
　…ノスクルバーグのマキーナ学術専門学校の学生だった、女…。

　何から話したらいいのかしら？　あ、でもそんなに話すこともないのだけれど。

　ホイットニー…ホイットニー・アルバティアは私の先生だったの。…私が最後の学生になるのかしら…？　いえ、あれから学校へ戻られたでしょうから、まだまだ教壇に立っておられたはず。教えを受けた若い学生がたくさんいるでしょう。でも、もうお年だからお会いすることもないと思うの。今のホイットニーはもう起き上がることはできない、とそう聞いているわ。それに…私には会う資格なんかないもの。
　恩師を裏切った、なんてそこまで大そうなものじゃないの。ただ、今の私には会わせる顔がないだけ。

　ほんと、何から話しましょうか。ティムのことは聞いてる？　あのティム・オールドマン。

　もうだいぶ大きくなったのでしょうね。あれから何年経ったのかしら…？　私も本当に年を取っちゃった。昔はこれでもマナメちゃんみたいに色んなことに首突っ込んでいったわ。その一つが迷宮。ホイットニーにくっついて深く深く潜って、そしてスコットに出会って…。
　私が本当に裏切ったのはホイットニーじゃなくてスコットてことね。止めようとすれば止められたのに、できなかったのは私。スコットは…ああ、まだ言ってなかったわね。スコット・オールドマン。あのオールドマン家の御曹司。ティムの父親で、迷宮のことをよく知ろうとホイットニーに師事するようになった。ジョンは…スコットの弟。仲のいい兄弟で、そろって師事するようになったの。
　そしてあんなことになった。

　さっきモナークと話したから、大実験のことは知ってるわよね？
　あの大実験の時に私はここにいたの。だから彼が言ったようにたくさんの人が手伝ったことも知っている。だって、その場にいたのだもの。…もちろんスコットもそこにいたわ。でも彼はホイットニーとはまた違った考えを持っていたの。
　あの頃の定説は『全ての移動床は分岐点に通じる』というものだった。
　それを覆そう、というところで二人は共通していたわ。でもスコットは「しるしの小石」だけでは不足だ、という考えを持っていたの。どれだけ時間がかかってもいい、全ての移動床に乗って全ての行く先を確かめるべきだ、と。

『そんなことしてたら一体どれくらいの時間がかかると思ってるんだい？』
『どれくらい時間がかかってもいいじゃないですか。研究者が時間に縛られちゃいけない』
『冗談言わないでおくれな。研究者も人間なんだ。あんたもそうだ。そういうことしてる間、家族は、家はどうするね？　それに可能な限り早く移動床の走行図が必要なんだ。どれくらいのサポーターが未帰還者になってるか、知らないわけじゃないだろう？』
『それでも僕はもっと完璧な形での走行図を作りたいんだ』

　ケンカしてたわけじゃない。こういう討論はもちろん必要だもの。でもホイットニーは実験を開始した。そして…スコットはいなくなった。ジョンも一緒に。

　自分のやり方を試すんだ、という書き置きを残して。…その後彼らを見た者はいない。

　私は彼を止められなかった。ホイットニーも大変に心を痛めて、実験の中止を考えた。でも、結局実験を続けることになった。私は…忘れない。ホイットニーが涙をこらえながら指示を出していたことを。ホイットニーの気持ち、すごくよく分かっていた。
　だから。だから…私も姿を消した。学校からも、ホイットニーからも。
　…こういうのも一種の『未帰還者』になるのかしら？　ジョンは帰還できたみたいだけど、私は…。
　スコットの方法、とても単純で簡潔な方法。それを完成させてみよう、そう思った。完成するまで地上に帰るわけにはいかない。

『全ての移動床に乗って行き先を確かめる』

「だからあんたは移動床に詳しいのか」
「そう。一体どれくらい移動床に乗ったか、分からないわ」
「…で…それがなんであんな依頼になる？」
「火吹き竜は大変に頭がいいの。高い知能がある、とも言われているわ。…もっとも、研究なんてほとんど進んでいないようなものだけど」
「ふうん」
「そして迷宮では新顔の生物とされてるの。…他の生物が元からここにあった洞窟から移住してきた、あるいはさせられてきた、とされてる中で、火吹き竜といくつかの生物はよそから持ち込まれてきた、とされてるの」

「なんで持ち込まれたんだ、火吹き竜は」
「そこまでは分からないわ。でも頭のいい生物が人間の作った施設を利用する…ってそんな例はたくさんあるわよね？」