TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[3-33]

「ラドルフ・オールドマンって今は相当な年のはずだよな」
「そう。…寝たきり、とされているわね。だから孫のティムが当主になったはずよ？」
　この移動床は…普通だあな。俺はいつものように立っているが別に問題はねえ。アデレードは座っちまってる。
「なんだ、はっきり分かってないのかよ」
「無理よ。あのオールドマン家なのよ？　いくらキャンベラが物知りでもそこまでは探れないはずよ？」
　さっきまでの高速移動床がウソみてえにゆっくりだ…。
「キャンベラってあれか、メッセンジャー兼サポーターか」
「そう。本当に色々知ってるのだけれど…ああ、またね。もう一回やり直し。今度は7692番線に乗ってみましょ」
　…またかい。これで一体何回目なんだ…？

　なんとか高速移動床の乗り継ぎには成功したんだが。
　それから3×3の分岐点（第76号）へ…そしてちょっと速い移動床（3145番線）から12×12なんて広すぎるくらい広い分岐点（第96号）に着いた。俺は知らねえ分岐点だ。知ってるサポーターなんかいるのかね、現役で？　何せ出入りする移動床の数が尋常じゃねえ。こんなんがあれば酒場で必ず噂話になるもんだが聞いたこともねえ。
　こんなのにいちいち乗って回ってたら一体どれだけ時間かかるんだか…考えたくないねえ。
「ほら。あれ見て」
　…色つき天井か。
「ここは広い分、いくつもの色つき天井が交差するところでもあるの」
　たしかに。赤や青や緑…ありゃ黄色か？　紫？　暗くてよく見えねえが…他にもいくつか知らねえ色もある。
「ここと」
　そのうちの一つを指す。そしてその隣。こっちも色つきか。
「ここが『赤の色つき天井』ね」
「二つあるのか」
「そう。この323番線とそっちの7692番線の二つがここ、第96号分岐点から出ている『赤の色つき天井』なの」
「…それって、つまり、アレか。確率がどう、というやつか」
　腕を組んで、やれやれ、とでも言いたげに首を振って見せる。
「そうなの。ここが確率で変化する番線二つ、ね。成功すればどっちかが目的地へ着くはず。でも間違ったら…」

　二つのうち一つが正解、ということらしい。この二つは途中まで併走しているから（それも同じ速度だ）乗り移ることも可能だ。しかしそれで確実に目的地へ着けるのか、と言うとそうでもないらしい。
「最終的に9989番線に接続するのがどっちか、というわけ」
「でもお前は行ったことあるんだろ？　その9989番線の先に？」
　何気なく聞いてみたんだが…ゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。ないの」
「じゃあ、どうしてコレが正しい移動床だと知っているんだ？」
「しるしの小石。ホイットニーの大実験のあれね。…しるしの小石は正確に数を数えて放されたの。でもいくつか確認できなかった小石もある。その中の一つが323番線と7692番線に乗せたもの。ここ、第96号分岐点に戻ってきたのもあるのだけれど、戻ってこなかったものも相当数あったの」

「ということはまだ仮説ってことか」
「戻ってきたものもあるけれどそうでないものもある、ということは確率で変化する…と考えることもできるでしょ？」
「まあな。…とりあえず乗ってみようぜ。ここで話していてもしかたねえ」
　ということでとりあえず323番線に乗ってみたんだが。

　…高速じゃねえのが救いなんだが…これだけ乗ってるとなあ…緊張感も薄れてきちまう。
　他にすることもねえんだ。二人いるからそれぞれに乗ってみようか、とも思ったが目的地に着いたやつが着かなかったやつを待たないといけねえ。結局かかる時間が増えちまう。それだったら二人でバクチかましてみるか、とそういうことになるんだが…。
　移動床の階層はカウントもねえし。なんだかだらだらとおしゃべりする羽目になっちまった。

　そんな中で出てきたのがオールドマン家の話だ。こいつは現当主ティムの父親スコット・オールドマンとは知り合いだったらしい。いや、例のなんとかって学校で一緒にアルバティアに習ってたんだと。そんな話もぽつりぽつりとしていたんだ。
「ラドルフ…スコットのお父さんは厳格な人だったの。迷宮に関しても、スコットとジョンの兄弟に対しても」
「へー、旧家なんてそんなもんじゃねえのか？」
「迷宮に潜る警備隊の規格を決めたのもラドルフなのよ？」
「ああ、クレータの人間が警備隊に入るのを禁止した、ってやつか」
「あれは迷宮の権益を守るため、とされているわ。同郷だと内部の人間とどうしても近くなってしまう。だから別の土地の人間を使うようになった」
「…法の正確な運用ってやつだな。まあ、それまでがゆるすぎたからじゃねえのか」
　俺のじいさんの頃の方が今よりずっと楽に迷宮に入れた、って話だしな。
「そう。それは…たしかにそう。でも厳しすぎる運用はどうしてもどこかに無理が出てきてしまうものなの…」

　ふ、と黙っちまった。そんなんでも移動床は進んでいくんだ。…あー、今回は…どっちなんだ？