TheRootSeller 外伝 4 「そんな彼らに花束を」　[3-39]

『ティムが…？』
　なんか動揺してるんだかしてねえんだかな。表情ってもんがねえからよく分からんね。

　俺があのエンリコ隊長に聞いたのはそもそもは誰がなんでそんな『命令』を出したかってことだった。その返答は…言わなくても分かるでしょう、というものだった。
　つまり俺の知ってる、最低でも聞いたことある名前ってこった。もちろんそれなりに力がないといけねえ。
　…いやまあな、別に誰だっていいんだ。『火吹き竜を探してくれ』なんて依頼は普通じゃあまず通らねえからな。それが…今回は通っちまった。だからなんだか気にはなっていたんだが。これでこのヘビモドキが見つかってなきゃ笑い話みてえもんだしな。
　だから、そうなると…まあ絞られてはくるわな。

『一介のサポーターに過ぎぬおぬしが何を知っている…？』
「あのな…現役のサポーターなめんなよ。迷宮のことだけじゃねえんだ、その他の色んなこと知ってなきゃいけねえんだ」
　そうでないと専門家なんかに迷宮案内できねえって。
「今回潜る前に酒場でちょいとした噂話が流れてたんだ。ちょっと面白かったから特に覚えてたんだがな」

　サポーターが依頼を受けたり情報仕入れたりするのが酒場だ。
　もちろん酒も扱ってる。羽振りのいいサポーターなら十日も呑んだくれてたりする。逆にカネのねえ奴はある奴にたかったりする（本当にカネのねえ奴は水を飲みながら耐えるもんだ。何しろ水はタダだからな）…三日に一度は顔を出すのが当たり前になってる場所だ。
　もちろん俺もよく行くんだが、あの時はこんな話が流れてやがった。
『今度のは大丈夫なんかな』
『いや、分かんねえぞ…意外とやり手だって話だ』

　これはオールドマン家のことに関して、なんだ。クレータでも一、二を争う有力者の家だぜ？　なんでこんな薄暗い酒場で…と思うだろ？
　でもオールドマン家の当主が誰になるか、ってのはサポーターにとっちゃかなり重要なことなんだ。その辺はさすがの隊長さんも理解してなかったらしいがね。まあ、そんなもんだろ、普通はどんな関係があるんだ？　って思うわな。
『頼むから今度のはまともな奴になってくれよ…』
『たまんねえぜ、いきなり迷宮立ち入り制限とかよ』
『ああいう金持ち連中にゃ、俺らみてえなもんの暮らしは分かんねえもんさ…おおい、お代わりだ！』

「相変わらずね、あの酒場」
　おいおい、思いっきりイヤな顔してんのな。
「行ったことあんのか？」
「だって、行かないと有効な情報もらえないじゃない」
「そう言いながら依頼は協会任せだったな」
「あれは…その方がいいかと思って…」
『して、それが一体どうしたと言うのだ？』

「まあ、あくまで噂ってやつだが…」
『うむ』
「ティム坊ちゃまは迷宮の管理権をクレータの議会へ戻そうとなさっている…とな」

『は、な、何を言っておる。そんなの噂にすぎぬ。は。は。は』
『さ、左様でご、ございましょう、な、なにゆえにその、そのような世迷言を』

「…モナーク」
「ああ」
「僕ね、はじめて見ちゃった」
「ああ…多分俺も」
「私も。…なんか一気に拍子抜けねー…」

　俺たちの目の前で、今…黒い塊がもだえてるんだか震えてるんだか。
　見ようによっちゃ踊ってるようにも見えるぞ？
　やっぱりこいつらは人間じゃねえけど形は人間してる、とかそんなもんなんだな。ああでもなあ、大きさ変わってきちまってるぞ。なんだか小さくなってきちまってる。

　そんなにショックだったのかねえ…ただの噂話だってのに。