TheRootSeller 外伝 5 「あの山で ‐はるかなる思い‐」[1-4]

「仕方ない。どうにかして夜のうちに越えるかな…」
「夜はもっとやめておいた方がいいと思います」
　いつのまにかあの、ナルシアという娘が後ろに立っている。花の香りは…しない。
「山の精霊様は暗闇がお好き。何が起きても知りませんよ」
「…なんでそんなこと知っているの？」
「ああ、ナルシアはタルリスの娘なんだ」

「娘…？」
　言われてみればどこか似ている…ような気もするが、そうでもないような気もする。しかし。
「いや、実の娘じゃねえんだ。オレもこいつも女房はいねえしな」
「…えっと…どういうこと？」
「拾ってきたのさ」
　タルリスが面倒くさそうに言う。
「森の中でな」
　ナルシアは何も言わない。すでに自分の生い立ちについて知っているのだろう。

　と、奥の方からきしむ音が。ドアが開いたのだ。
　そして小さな足音が近付いてくる…。
「タルリス、いるのか…？」
「ああ」
　小さな返事だが相手には聞こえたようだ。そのまま足音が少しずつ大きくなってくる。杖の音もする。
「…変な奴が来ておるからな。まあ、ここに来るかも知れんが…」
　この暗がりでも分かる。さっきレナートと話したあの老人だ。

　あっちはそうは思わなかったようだ。ぎょっとした顔で目を大きく見開く。
「お前さん…なんでここにいるんだ？」
「さっきはすまなかったね。でも、案内してくれたのはあなたでしょう？」
　へ、と鼻を鳴らすような返事。
「ふん。泊まりたければ泊まるがいいさ…どっこいしょ…」
　適当な椅子を引き寄せてその痩せた体を落とす。
「ナルシア！」
　立ったままの彼女に大声を上げる。
「客人に茶でも持ってきな…気がきかんやつだ…ったく」

　ナルシアが持って来た茶は、おだやかに湯気を立てている。
「…なあ、なんでここはこんなに暗いんだい？　窓を開けたらいいと思うのだけれど」
　さっきから気になっていた疑問を口に出してみる。窓があることはあるのだ。ただし、それらは全て板を打ち付けてあって開かないようになっている。それでも窓があるのならどれか開くのがあってもおかしくはない。
「それならこのタルリスと友達に聞くがいいさ。まったくろくでもない連中ばかりさ…」
　一気に茶を飲み干して一息。熱くないのか、と思うがナルシアがお茶くせを覚えているのだろう。
「…？」
「ワシは寝るからな。…あと二日か…まあいい、寝るぞ、ワシは」
　だん、と茶碗をテーブルに置いてそのまま奥の暗闇へと消えてしまった。

「…相変わらずだな、お前の親父は」
「いつもと同じだ」
　タルリスが茶碗の湯気を吸うように一口。
「どういうことだ…？」

「ああ。こいつの母親が外の人間だったんだ。だからあの親父も相当苦労したらしいがな」