TheRootSeller 外伝 5 「あの山で ‐はるかなる思い‐」[1-5]

「この村はまだまだ外から来た人間を嫌うからな。タルリスが家を造れないのもそのせいだ。樹を割り当ててくれねえのさ。本来なら成人すれば樹を一本、村から割り当ててくれる。一人前の証としてな。それもねえんだ」
「なるほど。大木をもって神となす…拝木信仰だね」
　そういう話をレナートは聞いたことがある。はるか北の方では山岳信仰と共にポピュラーな思想だ。
「…なんだよ、それ？」
「樹を神様とする教えでね。人間は本来は樹から生まれたと教えるんだ。従って樹を神とする。特に大きな樹には信仰も集まる。樹の中に家を造るのは母胎への回帰…まあ、こんなところかな」
　ちらりとタルリスを見てみる。
「…ああ、それに近い」
「少し違いますが」
　おずおずと消え入りそうな声でナルシアが言う。
「木々だけではありません。森にも、山にも精霊様が宿っておられます…」

「でもそれがなんでこんな薄暗い家になるんだ？」
「だからだよ」
　ヨンクルがその巨体を揺する。
「オレはよそ者だからな。ナルシアもここを捨てた者ってことになってる」
「…関係している俺もここではよそ者扱い。そういうことだ」
　病的なまでによそ者を嫌っているのか…。レナートはそう思うことにした。
　こういう土地はいくらでもある。単なる宗教上の理由から、だけではない。はるか昔に異民族に蹂躙された経験を持つ土地柄なら、そういう話が伝説めいて残っていたりする。しかしこの村はそれだけではないようだ。

「で…お前、どうするんだ。今夜は満月だから山道も明るいっちゃ明るいだろうよ。行くのか？」
「うん。僕はルートセラーだからね」
　ふうむ、とヨンクルがうなる。
「やっぱ…止めた方がいいのか？」
「無論だ」
　ゆっくりとタルリスが体を起こす。ヨンクルとは正反対に痩せた体だ。
「今は止めておけ。悪いことは言わない。こいつらの隊商が来るまで待つんだ。あと二日だったか？」
「それまでにゃ来るだろうよ。隊商を組むんならこの時期でも大丈夫なんだよな」
「ええ。二人以上の大人数なら森や山の精霊様もお怒りになりません」

　…なんで大人数なら大丈夫なんだ。

　そう聞いてみたかったが、真剣な表情にその言葉を飲み込むことにした。こういった伝承や昔話には事実の裏付けがしっかりしている場合も多い。それに、無理に一人で山に入るとこの人たちに何か迷惑がかかるかも知れない。
　ふう、とため息。…仕方がない。
「分かった。そうしよう」
「よし。部屋を貸してやる。…心配するな。行商やってる人間からボッたりはしない」
　目深に帽子をかぶったまま、にいっと唇をゆがめて笑う。いかにも笑顔を作ることに慣れていない者の笑みだ。
「ナルシア、部屋に案内してやれ」
「はい。お父様」

　太陽が傾いてきた夕方。粗末なベッドに横になったまま、レナートは考えていた。やはりあまり使われていない部屋のようで、どうにもカビくさい臭いが辺りに漂っている。もちろん、こういう状況は行商を常とするルートセラーにとっては当たり前のことだから特に気にはしない。
　この状況よりも気になるのはまた別のことだ。
　…大丈夫だろうか。
　話を聞いた限りでは…このままじっと、隊商が来るまで待っていれば危険はないようだ。ある程度の危険は承知の商売だが、好き好んで厄介ごとに首をつっこむほど初心者ではない。
　…二日、か。
　長いな、と正直に思う。

　今手元にある商品はラサルートに着ければはけるだろう（この村ではさすがに売れそうにもない）。そのことについて心配はしていない。ラサルートで売れなければ他の町へ行けばいいだけのことだ。交易ルートに沿った街道を歩けば行商のできる町を探すのはそれほど苦労しない。
　問題が一つある。
　預かり物だ。