TheRootSeller 外伝 5 「あの山で ‐はるかなる思い‐」[1-6]

　ルートセラーに限らず行商人は他人への届け物を預かることが時折ある。もちろん行きずりの人間にいきなり預けたりする人はまずいない。長年の顔見知りか、もしくは信用できる知り合いからの紹介がほとんどだ。

　各国に手紙や荷物を運ぶ専門の業者もいることはいる。しかし高額な上に日数がかかる。手紙一枚だけを運んでいるわけではないので、ある程度荷物がたまってから運送を始めるからだ。ひと月からふた月…半年以上かかる場合もある。人の少ない地方からだと、それくらいの誤差は当たり前のことだ。
　それなら自分で相手の土地まで行った方が早い。
　その点行商人なら、行き先さえ近ければもっと短時間で運んでくれる。取引上の好意、ということでわずかな金額ですむ。親しい間柄なら無料で済むこともある。しかしその分確実に相手に届くとは限らない。その辺はお互いが理解しないと後々まで尾を引く事態になりかねない。
　レナートも時々届け物を預かっている。お得意様からの頼みなら…ということでだ。本当はあまり預かりたくはない。
　昔イヤな目に会ったことがあるからだ。まだ駆け出しだった頃…預かった荷物をうっかり川に落としてしまった。中身は木製品だったし、すぐに水からあげて乾燥させたから問題はない。しかし、届けた先で散々なじられた。どれだけ謝っても聞き入れてくれない。しまいには相場の倍、金を払え、と怒鳴りつけてくる始末。なんとか家人に収めてもらったが…あんな思いはもうこりごりだ、と今でも思っている。

　スタズ村に着く前に立ち寄ったノギヤという町でその荷物を預かった。ノギヤは新興の商業都市で、たくさんの商店にあふれた活気あふれる町だ。託された相手はレナートが懇意にしている呉服問屋。
　知り合いのお医者の先生からなんだが…と話を持ちかけられた。
「どうだろうね？　ラサルートに行くんだろう？　これを届けてくれると助かるんだが…」
　仕入れついでに店のカウンター越しに雑談していた時だった。若旦那は人のいい、穏やかな顔でそう切り出した。

「届け物はあまりやりたくない、ってことは知ってるさ」
　その呉服問屋の若旦那とは十年来の古い付き合いだ。本当なら呉服問屋の大旦那になっていてもいい年齢。しかし実父である大旦那が高齢にもかかわらず元気なので今の地位に甘んじている。
「まあ…それは、そうなんですけど」
「そこをなんとかお願いできないかな。大旦那の古いお友達がラサルートにいるんだそうだ。で…依頼はノギヤに古くからいるお医者の先生からでね。どっちも悪い人物じゃない。これを届けて欲しいってね…」
　油紙で厳重に保護された包みが一つ。幅と重さはそれなりにあるが片手で持ち歩けるくらいの長方形だ。
　…本かな…。
　何本もより合わせた麻糸でしっかりと封がしてある。
「これくらいなら邪魔にはならないな…」
　いつも安く卸してもらっている。しかもその他も何かと面倒を見てくれる若旦那だ。断るのも悪いかな、と思う。
「引き受けてくれないかな？」
　少し、考える…。
「わかりました。他ならぬ若旦那の頼みですし。で、いつまでに届けたらいいんですか？」
「えっとね…十日後なんだ。…いや、助かるよ、ホント。これがその先生から預かった礼金。受け取ってちょうだいな」
　こういう場合の礼金は先払いが慣例だ。しかしその皮袋はずしりと重い。ちらりとのぞくのは金貨。…かなりの額だ。
「いいんですか？　こんなにもらっても？」
　下手するとドブに捨てるようなもんなんですが…と思ったが口には出さない。
「気にしない、気にしない。こういうところで金をけちる人じゃないんでね。あ、そうそう、その代りと言ってはなんだけど…」
「なんです？」
「必ずこの日までには届けて欲しい、そう、今日から十日後までには、てね。先方にどうしても重要な用事があるんだそうでね。うん、なんでだかどんなに遅くなっても十日後までには必ず届けてくれって言ってたっけなあ。早い分には構わない、とも言ってたけどね」

　その時は特に深く考えなかった。
　十日どころか四日もあれば、大雨が降っても土砂崩れが起きてもスタズへ着ける。スタズからカチネ山を迂回してラサルートまでは歩いて三日。ラサルートに入ってから相手の住所を探す余裕は十分にある。
　しかし、予想以上にスタズ村を探すのに手間取ってしまった。正式なルートがあるのは知っていたが、それがどこにあるのかまでは知らなかったせいだ。下調べが不足していたのである。ラサルートはよく行く町だから、ちょっと、気を抜いてしまった。
　今日でもう六日経ってしまっている。
　…あと二日か…ぎりぎりだな。
　恐らくカチネ山で夜明かしをすることになるだろう。とすると…約束期限当日にラサルートに入ることになる。
　ラサルートは広い町だ。一日ですんなりと相手を探し出せるかどうか…。

　少し気になってきた。
　普段なら預かり物の中身を見たりすることはない。せいぜいどんな荷物か？　程度の軽い確認くらいだ。