TheRootSeller 外伝 5 「あの山で ‐はるかなる思い‐」[1-7]

　しかし今回はそのまま自分の荷物に放り込んでここまで来てしまった。
　…本だとは思うけど。
　届け先はメモとして預かっている。が、届ける相手をさらに特定できる物が一緒に入っているかも知れない。
　ランプをつけて背嚢を探る。もうすぐ日は落ちようとしている。この部屋の窓も外から見えないように固く締め切られてしまっているので、外からの明りはないに等しい。しかし、かすかに差し込むぼんやりとした橙色の光で大体の時刻は分かる。
　…期間の限られたナマモノ、とか言わないだろうな。
　若旦那も「本だ」とは言っていなかった。もしかしたら頑丈な箱に入った何かかも知れない。

　軽く耳元で振ってみる…音はしない。
　しっかりと結んである麻糸を丁寧にほぐして、油紙をはがす。後でまた包みなおさないといけないから、慎重だ。
「本か。やっぱり」
　中から出てきたのは革張りのしっかりとした本。かなりの厚さがある。
　学術書だろうか…？
「…ハイペ・クライドン…どっかで聞いたな。それにしては…ずいぶん新しい本だな…復刻本かな…」

「…レナートさん」
　いきなり背後から声をかけられて、あわてて本を隠した。…別に悪いことをしているわけでもない。隠す必要はない、と思い直して本をそのまま背嚢に押し込む。
「なんだ？　あ…ナルシアさんか…」
「夕食です。父さんたちはもう食べちゃって…遊んでるから」
「ありがとう」
　ベッドと同じく粗末なテーブルにいくつか料理が並ぶ。パンに、スープ。そしてメインの肉の煮込み料理。香辛料が鼻をくすぐる。
「…私も、ここで食べてもいいですか？　父さんたちがあっちの部屋を占領してるので…」
「宿屋の方はいいの？」
「お客さんなんて来ませんよ」
　軽く笑みを浮かべる。たしかにそう頻繁に客が来るとは思えない。

　初めからそのつもりだったのかも知れない。持ってきた料理は一人で食べる分量ではない。煮込み料理など両手持ちの鍋からあふれそうだ。手ではなく小さなカートで押して持ってきたくらいなのだ。スープも結構な量がある。
　…きちんとしたメシを食うのも久しぶりか。
　最近はずっと携行用の干し肉や乾燥果物だけだった。節約のためではなく、一度タイミングを逃すと食事をとれる町というのはなかなか行き着きにくいものだったりする。ここスタズ村のように辿り着いても実は…ということもよくある。
「どうぞ。あまり味には期待しないでください」
　普通の人にとってはたいしたことない食事かも知れないが、レナートにとっては御馳走だ。
「いや、ありがたい…頂きまあす」

「…ところで…」
「はい？」
　パンをスープに浸していたナルシアが顔を上げる。
「隊商はここについて…それからラサルートへ？」
「はい。ニンダスから南下して来るんです」
　ニンダスは医者や学者が集うことでも有名な町だ。
「…逆方向じゃないか」
　レナートが辿ってきた道はノギヤを東へ。スタズはノギヤから見ると北東になる。つまり彼は斜めに北上してきたことになる。
　ラサルートはスタズよりさらに北東に位置している。
「ニンダスからラサルートだったらそのまま東へ行けばいいのに」
　直通している大きな街道もある。昔から交通の要所だったラサルートはいくつもの街道が貫いている。
「いえ…一度南のシジルサスに寄る予定なんです」
「なるほど」
　大きくＶの字を描いて斜めに北上するつもりらしい。
　ニンダスから南東のシジルサスへ。そこから今度は北東のラサルートへ。
　レナートはノギヤから一気に北東のスタズへ来た。ノギヤから街道を北上すればニンダスへ行くこともできたし…スタズからならラサルートを目指さずに逆方向へ歩けばシジルサスへ行くこともできる。

「もうシジルサスを発ってると思います。だからヨンクルさんも焦っていたんですが」
　あまり焦っているようには見えなかったが…。