TheRootSeller 外伝 5 「あの山で ‐はるかなる思い‐」[1-8]

「ラサルートに行ったことはあるの？」
「はい。…五日ほど前までいました」
「…なんだって？」

「ニンダスで隊商と別れたんです。十…二、三日ほど前ですが」
　どうやらナルシアとヨンクルはニンダスから街道を東へ直でラサルートへ行き、南西へ移動しながらスタズへ来たらしい。カチネ山を迂回するルートを使ってきたため少し時間を喰ったとか。
　隊商ではなく先触れ二人の旅である。時間のかかり方も違う。それに、あくまで隊商の行く先の安全を確認するのが目的だから、ああいった大きな都市に先触れが本体より先に行くのはよくあることではある。
「ここで落ち合うってわけか…」
　ちなみにいくら関係者がいるとは言え、スタズ村の中に入るつもりはないと言う。水などの物資を軽く補給できればすぐに発つつもりだとか。
「はい。…久しぶりです」

「ラサルートはどうだった？」
　レナートは何度か訪れているが…あまりにも広いし、人も多いのであまり好きな町ではない。商品が売れるのでそういう意味ではいい町になるのだが。
「話には聞いていたんですが、大変でした」
「…大変？」
「疫病が流行っているってニンダスで聞いていたんです。死者もかなりの数、出ているって…でも、あれほどとは…本当はラサルートで隊商と落ち合う予定だったんですが、スタズに変更したんです」
「そんなにひどいの？」
「はい…」
　かじっていたパンをそっと置く。うつむいて、じっとしている。
「特に貧民街はもう…ただ、安い特効薬が間もなくニンダスから届く、とのことで。私たちがニンダスを発つ前にもうすぐ出るって聞きましたから…もう届いているんじゃないでしょうか。大丈夫だと思います」

　隊商は大人数で進む。物資の大きな移動にもなる。そこには単純なモノの売り買いだけにとどまらない活動がたくさんある。そのため潤沢な資金を提供してくれる金持ちが援助してくれることも多い。無論彼らは善意で施してくれるわけではない。今後…未来に投資しているのだ。ここで自分が資金を投入することで先々に何らかを得ることができる。それを期待する…そういう人たちもいる、ということだ。
　そんな金持ちは資金の他に別の重要な物も提供してくれる。
　情報だ。
　だからレナートはどう見てもそういう情報とは無縁そうなナルシアが「大丈夫でしょう」と言っても信用できる。ガセネタはまずないだろう、と。
「そうか…じゃあ、もうあっちへ行っても大丈夫だな」
　なお、ヨンクルとナルシアの二人はラサルートの奥深くへ入ったわけではない。感染する危険性があるため、町外れで情報を収集していたらしい。それでも信用できる情報源を得ることができるのが…隊商の関係者でもある。
「いえ…それが…まだ、ちょっと」
「何か、まだあるの？」
「その特効薬はまだ完成品ではないそうなんです。いくつか資料が欠けていて…それがないと十分な効果を発揮しないらしいんです」
　まったく効かないわけではないらしいんですけど…と。
「資料か…保存方法とか接種方法とか、か…」
「詳しいことまでは分かりません。だけど、それがないといくらラサルートのお医者様でも完全には難しいって…」

　…特効薬の原材料かも知れないな、届くのは。
　話を聞きながらレナートはそう思った。体調を正常に保つことは、こういう商売をしている上で気を使うことの一つだ。商品にある薬の類のほとんどは家庭で使う製品だが、中には薬の材料となるものもある。伝統的な製法で作る薬に使われたりもする。
「で、どんな資料だとか…そんなことは聞いていないの？」
「ええ…それが…」
　軽く辺りを見回す。
「本、らしいんです」
「…本…」
「ええと…ハ…なんとかドン、ていう…昔のお医者様の…それに関係している本だとか…」
　あまり自信がないらしい。あちこち見回しながら、恥ずかしそうに肩をすぼめている。
「…ハイペ・クライドン」
「え？」
「ハイペ・クライドン。…そうか…」