TheRootSeller 外伝 5 「あの山で ‐はるかなる思い‐」[2-3]

　…昔を懐かしんでいるのか…？
　現在の世界を感じ取れなくなって、過去の世界に遊ぶ。そんな老人もいる。
「あんた…いいなあ…若いっつうのはなあ…」
「いや。もうそんなに若くはないのだけど…」
　若い若い言われるには少し、抵抗がある。
「うんにゃ」
　月を見上げていた顔をぐるん、とこちらへ回す。焦点の合っていない目だけを近づけてくるように見える…。
「それだけでいいことなんだよ…」

　何か分からない、不快な匂いを感じる。

　背筋をぞくっと絞り上げられるような感覚。何に？　何かは分からない。ただ…非常に不快な何か。
　老人は、にまあっとした笑みを顔中に広げて、うへへ、あはは、と引きつるような高い笑い声をあげる。
「あんた…今のうちだがなあ…ああ、そうだとも」

「そろそろ失礼します…。先を急ぐもので」
　背嚢を背負って立ち上がる。
「…そうか…そうか…」
　本当は軽く携行食か何か食べるつもりだった。しかしどうにも食欲がない。宿屋である程度でも腹に入れてきているので、それほど空腹というわけでもない。無理に食べる必要はない、と言えばない。

　正直なところを言えば早いところここを立ち去りたい。

「じゃあ…気をつけなされ…何があるか分からんでのう」
「…はあ」
「木の実じゃ、木の実。分かっておるじゃろうて？」
「木の実…？」
　ナルシアにもらったあれだろうか…？　それとも途中で落ちてきたあれか…。
「持っておるのじゃな」
　と、それっきり体を丸めるように、また月を見上げてしまう。
「……」
　レナートは何か引っかかるものを感じながら、軽く会釈してから歩き始めた。

　ふと、振り向いて見ると…。
　老人の姿は…ない。わずかに見下ろす形になっているせいか、あの大きな石が白い月明かりに浮かぶ白い舟のように見える。
　どこかで見た記憶がある。
　あれは…ラサルート近辺での遺跡調査に同行した時だから…もう何年も前になる。いくつもの団体や機関が関わった結構大きな調査だった。必要な資材があるとのことで、ある学者からの注文を受けたのだ。そう頻繁に受けるような内容ではなかったし、調査そのものにも興味があったのでよく覚えている。
　…僕は、同じようなものをあの現場で見たはずだ。
　その遺跡にはいくつもあんな形をした石があった。整然と並んでいた。
　…あの形は…。
　石棺だ。
　拝木信仰のない、ラサルートの辺りでは身分の高い人は死後、石棺に入れて丁重に埋葬される。身分の低い者は土葬だ。
　…そんなものに座っていたのか。僕は。
　軽く身震いしてから、レナートは足を早めた。

　今度は大きく左に曲がっている。辺りの木々は黒々とした色をさらに強めている。
　黙って口を結んだまま、レナートは歩く。
　…もうじき頂上だ。
　着いたら少し休もうか、と考えている。夕方、日没直後にスタズ村を発った。しかし山越えをするにはどうしても一夜明かさなくてはならない。夜通し歩くつもりだったが…朝を待った方がいいかも知れない。
　何があるか分からない。

　辺りは月の光をも吸い込んで消してしまうように、何の音もしない。