TheRootSeller 外伝 5 「あの山で ‐はるかなる思い‐」[2-5]

　やがて道が細くなってきたのに気がついた。細いと言っても獣道のような細さではない。かすかに幅が狭まってきているのを感じる程度だ。
　もうすぐ頂上ということなのだろうか。
　そう言えば『供物を運ぶ道がある』とは聞いていたが、供物とは何か…何に捧げる供物なのか…そこまでは聞かなかった。ヨンクルは知らなくてもタルリスやナルシアなら知っていそうなものだ。一体どんなものを運ぶ道なのだろうか…？

　…そろそろ少し、休もうかな。
　頂上の手前。すでに真夜中は過ぎている。どこかで軽く食事をとるか…できれば少し、仮眠したい。なんだかいつもより疲れがたまっているような気がする。この山に入ってからどうにも神経をすり減らせているような、いや、すり減らされているような気がする。
「ここでいいかな」
　道のわきにぽっかりと開いた空間がある。何に使うのかは知らないが、そこだけ森をならして更地にしてある。草一本生えていない。もしかしたら頂上に着く前に休憩をとる場所なのかも知れない。

　火を焚く。
　「休憩所」の中央にくぼみがあって、そこには何かの燃料らしきもの（動物のフン？）が残っている。が、やはり薪などは見当たらない。かなり古いものなのか、それとも何か別の理由があるのか。いずれにせよここで火を焚いていたことは確かだ。
　こういうことには慣れているレナートだ。まだ残っている燃料は臭いもしない。火はちょうど良い大きさとなる。ふう、と地べたに腰を下ろし、背嚢を下ろし、中から携行用の木の実を取り出す。少しかじってみる…揺らめく火はそれだけで心を落ち着かせてくれる。ただ、万一にでも森に燃え広がってしまうと厄介なことになる。そこらへんは気をつけないといけない。拝木信仰の村の森を焼いてしまったとなったら…今度こそどうなるか分かったものではない。
　少し眠ろうかな、と毛布を引っ張り出して用意する。その時、ふと気がついた。

　道のわきにくっつくように丸く造られているこの「休憩所」だが…そこから細い道が伸びている。いや、そう見えたのは深々とした森の中へと続くように低い潅木がきちんと並んでいるからだ。実際には道などない。が。

　…まるで何かの通り道だな…。

　そう思ってまだ曇っている空へと視線を上げた時。
「おい」
　声は焚き火の向こう、その「通り道」の方から聞こえた、ような気がした。
　…聞き間違いかな。
「おい。聞こえてるのだろう？　運のいいやつだな」

「…誰だ？」
　旅を枕に生活していればこういうことはよくあることだ。そしてレナートはそういう時の対処法を知っている。
「俺に会えたやつは運がいいやつなんだ。光栄に思え」
　座ったままでもいいから深呼吸を一回…二回。とにかく昂る気持ちを抑えることだ。
「…誰？」
「会ったやつは皆、そう聞く。俺は山の精霊とでも思っておけ。信じられないなら怪物とでも思っておけ」
　ナルシアの話にあった精霊様だろうか…。

　よく見ると焚き火の向こうの茂みの中に、青く光る点が二つ。こちらを見据えたまま小さく上下している。
　もう一度、深呼吸。軽く目を閉じて…大きく息を吐く。目をしっかり開いて、光点をまっすぐに見返す。
「そうか。山の精霊だな」
「ほう。なかなか肝の座ったやつだな。だが俺の用件は一つだ。くれ」
「くれ…？　僕はルートセラーで行商人だから、必要なものがあれば売ってあげることもできるけど…」
　がさがさっと茂みが揺れる。光点がすうっと左右に細長く伸びる。笑っているらしい。
「お前、面白いな。俺が人間の使う物なんか必要だと思っているのか？　それにカネとやらがいるんだろ？　そんなもの持ってないぞ」
「肉とか鉱石とか、そういうものと商品を交換してもいい」
　茂みの揺れが激しくなった。光点はもはや細い線になっている。
「本当に面白いな、お前。だけど俺が欲しいのはそんな商品なんかじゃない、くれ」
「何が欲しいんだ…？」
「木の実だよ。木の実。村でもらっただろう」

「…ああ」
　ナルシアにもらったあれだろうか。そっと懐から取り出してみる。
「そうだ。それだ。くれ」
「でもなあ…これはお守りらしいしなあ…」
　取引上の駆け引きなどではない。別にじらすつもりもない。ただ、相手の真意が分からないだけだ。
「そんなのは迷信だ。くれ。悪いようにはしない」