TheRootSeller 外伝 5 「あの山で ‐はるかなる思い‐」[2-6]

「しかし…」
　渡してくれた時のナルシアの表情も気になる…。あれほどに真剣な顔だったのだ。

　がさりがさりと茂みが揺れる。
「大丈夫だ。俺を信じろ。いいから、くれ」
　青い光点は丸くなっている。まん丸だ。それが二つ、動くこともなくじっとこちらを見据えている。

「わかった」
　レナートはなんだかこの「山の精霊」が怖くなくなってきていた。
　何と説明したらいいだろう？　行商をしていると色んな客に会うものだが、印象に残るのはふとした仕草を残した客だったりする。初めて見る商品に、ちょっとだけ驚いた顔を見せる老婦人。銅貨の枚数を間違えてしまって苦笑いする若い男。
　そして何も知らない子供の純真で真っ直ぐな目。この精霊とやらもそういったものではないだろうか…。
　…悪意はあるのかな。
　そういった感情には慣れているレナートだが、ここではそんなものは感じない。
「ほら」
　立ち上がって差し出してみせる。

「…いや、そこはマズい」
　言われてみればかなり離れている。
「ああ、そうだね。ごめんごめん」
　今度は焚き火を回り込んで差し出す。
「ほら」
「…こっちに投げてくれ」
　青い光点が二つ、手を下に伸ばせば届きそうな位置から見上げている。遠慮もなしに足の先から頭のてっぺんまでを眺め回している。

　ここまで来て、さすがにレナートもなんだか違和感を覚えてきた。怖くなってきたわけではない。何か…ここに居てはいけない何かが目の前にうずくまっている…そんな気になってくる。
　獣の息遣い…高い体温。そんなものが…。

「…ぎゃああぁぁあ…！」
「ご…ごめん」
　つい、投げつけてしまったらしい。ぽおうん…と跳ね返ってきちんと手の中に戻ってくる木の実。
「…ぶ、ぶつける奴があるか…」
「ごめん…。つい、考えごとしていたから…」
「今度はゆっくり放ってくれ」
　言われて、ふと…レナートは首をかしげる。
「いや、やっぱりそれは失礼だね。こっちに来て、少し火に当たらないか？　こっちで手渡すよ」
　どんな姿をしているのか、興味もある。

　しかし…光点は一回だけ点滅した。まばたきでもしたのだろう。
「…俺は構わんのだ。放ってくれ」
「そうもいかないだろう」
　その場から動こうとしない。
「や、そこからだと足元が見えにくいね。…火を持ってくるから、ほら、こっちへ」
　荷物に入っている松明（木に油を染み込ませた布を巻いてある）を取り出して、焚き火から火を移す。拝木信仰の場なのだけど…これくらいはいいだろう、と。
　なかなか火がともらない…やっと明るくなった松明を持って茂みのほうへとかざす。
「ほら」

　…光点もない。どんなに茂みの中を探しても…何もいなかった。

　しばし…気が抜けたように呆然、としてしまう。何だったんだ…あれは？
　少し仮眠をとるつもりだったが、レナートは毛布を背嚢に押し込み、松明を丁寧に消す。焚き火も念入りに消すと…何も言わずに歩き出した。もうすぐ頂上だ。