TheRootSeller 外伝 5 「あの山で ‐はるかなる思い‐」[2-7]

　頂上には何かあるのか、と思っていたが大きな石が見える。
　さっきのような石棺ではない。本当に大きな…レナートなら寝転がっても余裕で間に合うほどの大きさの一枚の石。
　ここから見下ろしても、カチネの御山は周囲に小さな山を従えているのが分かる。それらの山はこの月明かりの下で黒く木々を茂らせている。昼間なら濃い緑色に覆われたその様子を楽しむこともできるのだろう。が、今は、しん、と静まり返った山が連なっているだけ。
　そして。
　そんな中、カチネの御山の頂上には木が一本も生えていない。あるのは…巨大な石。

　さらに近づく。頂上だ。…先客がいる。
「…ナルシア？」
　女性なのは間違いない。
　しかし光の薄絹をまとったような姿は、宿で見たものとは大分違う。それに…なんで彼女がここにいるのか。森の入り口で別れたはずだし、途中で誰かに追い越された覚えもない。
　その『彼女』は大きな石の上。表情を消してしまったように座っている。両手を膝の上に組み、よく見ると目を閉じている。
　…あ。
　ふわりと風が舞う。軽い懐かしさをまとってそれは鼻をくすぐる。…ナルシアが身に着けていた香水と同じ匂いだ…。

　レナートに気づいたのか、女性はゆっくりと立ち上がる。意外と背が高い。石から身軽に降りてくる。
「…ようこそおいでくださいました」
「はあ」
　いささか気の抜けたやり取りだ。近づいてから見ると…やはりナルシアに似ているような気がする。ただ、失礼ではあるが年齢が違う。
「…母親…」
　ふと、口をついて出る。女性はそれを聞いてかすかに口元に笑みを浮かべる。
「娘に会いましたか」
「…いや、あの子があなたの娘なら、ですが…スタズの宿屋で」
「あれは私の娘の一人です」
「娘の一人」
「はい」
　それきりで黙ってしまう。

　なんだか間がもたないのでレナートは背嚢を下ろすことにした。頭上では雲が勢い良く流れ、取りこぼした満月の光を地上にまだらに差し込ませている。もったいなくて雲が隠している…ようにも思えるほど、柔らかい光が届く間隔は短い。しかし雲が分厚いわけでもないので、真っ暗闇ではない。そう、スタズ村の樹木で覆い尽くされた空が、昼にしては薄暗かったように。それとは逆にここは夜中にしては明るい。雲をそうっと貫いてきた月光のおかげだ。

　女性はそれきりで何も言わない。

　礼を失するかな、とは思ったが石の上に腰をおろしてみる。何も言われない。視線はこちらを向いているが、見てはいないような、そんな気がする。他に何か気になるものでもあるのか…。
　…まさか僕の持ってる商品、なんてことは…ないよなあ…。
　「薬草あります」ののぼりも立てている。ルートセラーで行商人、というのは見れば分かるだろう。まさか…こんななりでまさか山賊というわけでもないだろうに。しかし…なんでこんな夜中に、しかもこんな場所に一人で？

「あの」
　いい加減沈黙がイヤになって声をかけてみる。レナートの声に反応して顔をこちらに向ける。
「…向こうからいらしたのですか？」
　山のふもと、レナートが歩いて来たスタズ村とは反対の方のふもとへと続く道を指して見せる。順当に行けば彼が明日にでも着きたいラサルートのある方向だ。
　しかし女性はかすかに首を横に振る。
「じゃあ…あの、こっち？」
　今度は自分が歩いて来た方。しかし…やはり首を横に振る。すると…残っているのは…
「まさか、あの…こっちですか」
　月の輝く真上を指してみる。半分くらいは冗談のつもりだったのだが…女性は、少し、考える様子を見せると、曖昧にうなずいて見せた。