TheRootSeller 外伝 5 「あの山で ‐はるかなる思い‐」[3-1]

　　3: あの山は

　遠くで誰かの話し声がしているような気もする。

　いや、そんなものは何もないような気もする。

　…どれくらい眠っただろうか。

　優しい香りはそこらにまだ満ちている。…流れ残っていると言った方がいいか。
　…ああ。
　身を起こす。石の上で。…これは…僕の…体…？

　カチネ山の頂上は霧に煙っている。さっきまであったはずの、月も見えないほど。
　起こした体の、その先にレナートは二つの光点を見る。
　…笑ってやがる。
　半月形の二つの青い光点。ちらり、ちらりと招くように左右に揺れる。

　そして、光点は、増えていく。いつの間にか霧に巻かれた石を囲むように。無数に。
　ごう、と激しい風が巻き起こる。霧を巻き込み、それは渦となる。石を中心としてそこにある体を中心に。

　しかしレナートは恐ろしいとは思わない。これは…ただの…。

　何かの合図を受けたように光点は渦に乗って一斉に宙へと舞い上がる。霧の海に浮かぶ夜光虫の群れ。全天中から石の上へ、その一点を囲い込み、一つに合体して降り来る。
　動物の影が見える気もする。いや、動物ではないかも知れない。それは…見たこともない形をしているような気もする。
　…襲われる。
　原始的な直感だろうか。それとも彼のルートセラーとしての経験がそう思わせたのか。

　が、それらは何事もなかったかのように、レナートの体に当たることもなく、直前に光の粒となって砕け散る。
　ガラスの割れるような音を聞いた、かも知れない。
　…また笑ってやがる。
　今度ははっきりと見えた。一対の青い光点、その下に三日月形の大きな赤い光の筋があるのを。
　…やっぱり笑ってやがる…。

　…いいよ、もう。ありがとう。それと…ごめんな…。

　それからの記憶はない。

　月夜はただ白い光を山頂に向けて振り下ろすだけ。

　………………。

　ここから見てもラサルートの町は相変わらずごちゃごちゃとしている。夜が明けてしばらく経っている。

　レナートはようやく見つけた町の入り口へと足を向けた。カチネ山から直接町に入れるルートはない。小さな街道を抜けてやはり小さな分岐点を抜けないといけない。ラサルートには前にも来たことがある。けれどこっち側からは初めてなのだ。

　半分ぬけがらになったような、しかし満ち足りたような、変な気分。

　ここには門番、というほどのものもない。町全体がぐるっと高い塀で囲まれているので、入り口に見張りが二人立っているだけだ。もちろん入り口は他にもいくつかあって、警備が厳重なところもある。こちら側は警備が手薄なのだろう、いかにもヒマそうな…そんな風にも見える。
　それでも門番なのだから軽く挨拶しておく必要がある。しかも疫病のことも気になる…。

　レナートがゆっくりと歩いていくと、門番の一人がこっちに気づいたらしい。軽く手を上げてくる。