TheRootSeller 外伝 5 「あの山で ‐はるかなる思い‐」[3-2]

「おはよう」
「…おはよう」
「ああ、今日はいい天気になりそうだねえ」
　ひょろりとした門番の男。手をかざして太陽を見上げる。どこか都会的に見えるのは…気のせいだろうか？
「……」
　ちょっと、拍子抜けだ。緊張感も何もない。

「まだちょっと早いね。町に入ってもどこも何も開いてないよ。どうだい？　詰め所で休んで行くかい？」
　ラサルートは交易で栄えて行った町だから、よそ者に対する偏見が全くと言っていいほどない。行商人も積極的に受け入れている。
「あ、ああ…」
「おや？　ルートセラーかい？　珍しいね、こんなとこにまで」
「いや、まあ…そんなもんだ」
　のぼり…『薬草あります』ののぼりを下ろす。

　詰め所、と言っても粗末な小屋にすぎない。門番が交代で少し休むくらいだからこれでも問題ない。夜は門を閉めて門番は帰ってしまうからだ。
　そんな詰め所で休んでいるのは二人。両方ともレナートと同じような行商人なのだろう。大きな荷物を傍らに置いている。
「…じゃまするよ」
「ああ」
　一人は腕を枕に就寝中。起きている若い男が軽く手を上げてにやっと笑って見せる。
「ラサルートは初めてかい？」
「いや…前に何度か」
　背嚢を下ろして、腰を下ろして、一息。
「……」
　さて…どうしたものだろうか…。

「…どうかしたのか？　なんか…顔色よくないぜ？」
　心配そうな声。
「その…疫病が流行っている、と聞いたのだが…」
「疫病？」
「あれは…どうなったんだろう？　何か聞いてないか？」
　若い行商人はちょっと考え込んで…ぽん、と手をうつ。
「ああ！　あれか。ニンダスの医者たちってのはすごいもんだねえ。あっという間に治っちまったよ、みんな」

「あ、いや…あっという間っていうのは変だな。まだ患者はかなりの数いるんだと。でも入院させたり適切な処置のおかげで町の中はもう、何ともないってな」
　自分の荷物の中を探る。
「俺も運んだんだ。えっとな…そうだ、これだ」
　差し出してきたのは細長くて小さな実。草の実のようにも見える。
「これは…ブルガリオ？」
　甘い香り。レナートも扱ったことがある。たしか…料理のスパイスにも使う。
「そうだ。さすがに知ってるねえ」
「…何か資料が足りない。そんな噂を聞いたのだけど…まさか、これのことなのか？」

「ああ。これの抽出液が治療に必要だったんだそうだ。それで俺も狩り出されてな、昨日まであっちこっちで働いてた」
　軽く腕を回して見せる。ということはこれからラサルートに入るのではなくて、これからどこかへ行こう、と言うのだろう。
「それでも功労者は医者ってことになるんだろうな。そりゃなあ、あんな風に真剣に働いてるとこ見りゃ、みんなそう思うわな。俺らは運ぶだけだもんな」

「はは…そりゃそうだ」
「そうだよなあ」
「ははは…そうか、そりゃ、良かった…はは」

「そりゃ良かった、はは…良かった…」