再びノスクルバーグ。
　…やっぱりまずはあそこからかなあ…。
　ノズクルバーグにも薬協支部が存在する。これほどの大都市だからかなりの規模を誇っている。そのため一部の人たちからは「薬協本部」と思われている。
　しかし。薬協の真の「本部」を訪れた、という人はいない、とされている。都市伝説めいた噂話ならいくらでもその辺の酒場なんかに転がっている。が、実際にはどこにあるのか、具体的にどんな組織構成なのか…そういったところは全く分かっていない。正に「ナゾの組織」なのである。
　それでも本部の痕跡？らしきものはいくつか見つかってはいるので…どこかに存在はしているはずなのではある。例えば新たに薬協支部を設立する時には本部から了承を受ける必要がある。その通知は人知れず、いつの間にか届くのだそうな。…やはり「ナゾの組織」ということになりそうである…。

　…相変わらずだなあ…。
　ノスクルバーグの目抜き通りの一つデイン通り。背の高い建物が向かい合うように並んでいる。石組みのそれらには三階建てのものまである。こういうのはノスクルバーグならでは。他の都市ではなかなか見られない光景である。そして通りの路面もきちっと石で整備され、敷石と蹄鉄の打ち合う音を響かせて何台もの馬車が行き交う。しかも真っ直ぐにノスクルバーグを貫くこういった道路が他に五本。歴史のある大都市だが、過去に何十年もの時間をかけて大規模な都市整備を断行した結果の一つ、という話が伝わっている。
　ドリスのように各地を飛び回っている者ならよく知っている。こんな風に馬車（しかも四頭立て）が二台、余裕を持ってすれ違えるような道路を持つ都市など…まず見ない、ということを。大抵は一台通れるかどうか、そんなものである。
　もちろん大きな街道…東西大街道とか南北大街道とか…そういう主要幹線道路なら話は別である。輸送用の大型馬車なんかも地響き立てて通行するほど広くて大きい。でもそういう道はそれほど多くない。そもそも両大街道ができたのはそれほど昔ではない。皆がモノを運ぶ量が増えたから各国が協力してようやく整備した、とかそんなもんだったりする。それまでは細い道や「旧街道」と今は呼ばれているそれなりに広くはある（徒歩や馬に乗るくらいなら全然問題ない程度）古い道をを使っていた。これらは大街道整備に伴って併合されたり自然消滅したりもしたが、今でも各地に網の目のように張り巡らされて残っている。使いこなすにはちょっとした知識と経験が必要となる。知らないとどんな場所に着いてしまうか分からない。場所によっては都市どころか村落も一軒家もないような地域しか通らなかったりするのだ。

　…さて、と…。
　通りに向かい合う建物の一つ。入り口の両脇に斜めに細長い旗を掲げている灰色の三階建て。二本の白い旗には『薬草アリマス』『ノスルクバーグ薬協支部』とそれぞれ黒く示されてある。…白かと思ってよく見たら無数の白い文様を組み合わせた白地の生地に鮮やかな黒地を染め抜いてある。…ムダに凝っている、という見方もできないではない。白い布に黒く書けばいいんでは、と。が…こういった「凝り性の装飾」的な物品はノスクルバーグでは珍しくない。金銭的・時間的に余裕のある連中が多いのかそれとも単純にそういうのが好きな連中が多い土地柄なのか…。
　重そうなドアを開ける。重そうに見えるだけで実際はそれほど力を入れなくても開く。
　エントランス、と言えば聞こえはいいが…ちょっとした家くらいの広さのある「入り口空間」である。ここにはノスクルバーグ薬協支部名物の一つ「重ね掲示板」があったりするのである。

　…えっと…。
　通常の薬協支部の「掲示板」と言えば受付けのカウンターに木の板が一枚、多いところで二枚、といったところだろうか。何らかの情報が欲しい時や提供したい時（もちろん有償の場合がほとんど）に紙切れをピンで留めておく。それに何らかの反応を示したければさらにピン留めメモを上乗せする…というのが大体のルールである。ただし地方ルール的なものが存在することもあるので注意が必要である。
　例えば「ピン留め禁止」とか。どうしても木の板が痛むので、それを嫌ったサウザムランドのある村の薬協支部管理人が「メモ留め金具」をわざわざ開発して使い始めたことから始まった…とされている、一部では伝説のように有名な地方ルール。古参のルートセラーではよく知っている者が多いが、最近はあまり聞かない、ともされている。…実際のところはその金具を売りたい業者が過去に地道に広めていった結果、というところらしい。今でも古い支部にはその金具付き掲示板がひっそりと残っている…とか。
　あるいは「張り替え禁止」「上留め禁止」「食品関係掲載禁止」などなど独自のルールがあるところもある。管理人に確認してから利用するのがマナーというものである。

　ではここ、ノスクルバーグの薬協支部の掲示板は、と言うと…。
　複数の掲示板…人の背丈ほどもある板…がつづら折りに展示してある「重ね掲示板」である。「く」の字をいくつもいくつも重ねてこの広い空間に整然と並べてある。こうすると空間の利用が効率的になる。しかし…それにしてもこの量である。並の薬協支部の掲示板なら十軒、いや数十軒ほどにも匹敵しそうなほどである…。
　すでに何人ものルートセラー達が熱心にメモに見入っている。
　なお。意外に思うかも知れないが、一目で「あ、こいつルートセラーだな」と分かるような服装の者は、ほとんどいない。ドリスも背負子とのぼりは受付けに預けてきた（一日銀貨一枚だが責任持って預かってくれる）ので「旅にちょっと汚れた女性」くらいにしか見えない（もちろんファイーナはノスクルバーグに入った頃にどこかへ飛んで行ってしまった…こういう大都市はまたとない豪華レストランのような場所なので、ドリスなんぞに構っているヒマはない）。ここにいるのも大抵がそんな印象の連中だったりする。そこらの町や都市にいそうな…そんなある意味地味ななりをしている。

　ノスクルバーグはたしかに大都市だが、住んでる人間も皆お金持ち、というわけではない。本当の大金持ちは王宮近くの地区に住み、なかなか外へ出てこない。用は使用人に任せてしまうからだ。デイン通りのように大きな建物が並んでいるこの地区はどちらかと言えば外交的な、よその地域とも繋がりのある連中が多く行き交う。そういう場では身なりはあまり意味を持たない。汚いなりをしているが実はどこぞの大企業家、とかそういうのが当たり前だったりするのだ。
「…オークション…」
　掲示板はテーマごとに分類されている。そうでないととてもではないが探し出せるものではないのだが…。

　その一つ、美術品や工芸品中心の掲示板の前に黒を基調としたちょっと羽振りの良さそうな様子の細身の男性が一人。メモを熱心に覗き込んでいる。
「あ。いた。…やっほ、元気？」

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