TheRootSeller 外伝 6 「魔法使いを探せ！」[1-16]

　声をかけられた男性は、やはりちょっと上を向いたまま（実はドリスの方が背が高い）少し目を細めてじっと見てくる。
「あ、ほら、あたし。ド…」
　言いかけた瞬間、ばん、と大きな音を立てて掲示板に張り手をかます。ぐらりと揺れたが…掲示板はその姿勢を立て直す。なんだなんだと何人かがこっちを見てくる。
「ド、ドリス・アンフェルン…」
「やっほ。ジェド」
「…今度はなんだ？　何かっさらって行く気だ？　ああ？」

「ご挨拶ねえ…人を強盗かなんかみたいに」
「こないだのオークションのことは忘れてないぞ。いや、その前もだ。全くお前が来るとロクなことがない。ところで…こないだの壺は、どうなってる？」
「良い感じねー、やっぱり」
「そりゃそうだろう。オークションとは別に俺が手を回してやったんだからな」
「…相変わらずやね」
「なんか言ったか？」
「いや。…何でも」

　この掲示板にも何枚かメモが貼り付けてある。それほど枚数が多くないのは、ここが『美術・芸術品関係』だからである。
　一応？とは言え薬協なのである、ここは。ルートセラーは基本的に薬草を扱う。…「薬協」の正式名称は「薬草販売促進協同組合」と言う。「薬草」を売る連中のための組織、というのが元々の目的。しかし。
　…実際にはルートセラーは誰でもなることができる。そのため薬草を扱っていなくてもルートセラーになっている者も少なからず存在する。
「あ。あたし銀貨一枚納めてくる。勝手にどっか行かないでよ？　ここにいてよ？」
「知るか」
　と、言いつつ再びメモに熱心に見入り始める。しばらくは動きそうもない。

　掲示板のある広いエントランスホール。高いドーム状の天井を持つ豪華にも見えるホールだが、その先にはノスルクバーグ薬協支部の本体？がある。受付けを含む様々な業務を行うオフィスが存在しているのだ。これだけの薬協だから働いている職員の数も尋常ではない。
　受付けのカウンターも10ほども数があって、それぞれ仕切り板で分けられてある。
　まずは入り口付近にある箱から木札を取る。これには番号が記してあって、その番号をカウンターにいる職員が順次呼んでいくのである。
「35番の方ー、5番窓口へどうぞー」
　職員の声が響く。ドリスが取ったのは…37番。それほど待たなくても良さそうだ。
　…別にここじゃなくてもいいんだけどねー…。
　他の薬協支部へ行けばこんなめんどくさいことしなくてもいいのだ。しかしノスルクバーグ薬協支部は職員の数も多いし薬協としての歴史も古いので、色々な相談に訪れるルートセラーやそれ以外の人も多いのだとか。そのため、いつもこんな感じで人が結構いる場になっている。

「37番の方ー、8番にどうぞー」
　語尾をやや伸ばす、あえて抑揚を抑えた独特の呼び方である。
「はい。今日はどうされました？」
　ドリスよりも一回り年上くらいの女性である。結構なベテランさんなのかも知れない。
「ええと、銀貨を納めようかと」
「はい。ではタブレットをどうぞ」
　いつも腰に下げている袋から丸い革のケースを取り出して…渡す。職員の女性は慣れた手つきで受け取ると、カウンターの下から鍵の束を取り出して、ケースの鍵穴と見比べて…カキン、という軽い音と共にケースのフタが開く。そして金属製の小さな円盤が姿を現す。これがルートセラーの証「タブレット」である。

「はい。『ドリス・アンフェルン：ラチャク薬協』間違いないですね？　アンフェルンさん？」
「間違いないです。ドリス・アンフェルン、ラチャク薬協」
「はい。では銀貨一枚を…」
　月に一回、銀貨を一枚どこでもいいから薬協支部に納める。これがルートセラーのほぼ唯一の義務である。…職員の女性は銀貨一枚を受け取ると、ペンチのような器具を取り出して…タブレットに「しるし」を刻み込む。これが証しとなるのだ。そのため経験豊富なルートセラーほどタブレットの端の方は「しるし」だらけでボコボコになっている。
「はい。では旅のご無事を」
　そして…タブレットを革のケースに戻してもらって（もちろん施錠してもらって）手渡されて…席を立つ。

　これで一応の義務を果たした、ということになるのだが…納めたか・納めていないか、本人かそうでないか…その辺の確認がかなり曖昧であやふやなのは見た通りである。しかも。銀貨一枚を納めなかったら、じゃあルートセラーの資格を剥奪されたりするのか…と言えばそうでもないらしい。「しるし」は刻まれるだけで薬協側が確認することがないからだ（さっきのドリスと職員のやり取りを思い出して頂きたい）。何かで確認されればこれまで不払いだった分を累積で請求されたりするのか、と言えばそんな話を聞いたこともない。
　よく分かっていない組織なのである。薬協とは。
　恐らくはこの銀貨収入だけで運営しているのではないだろう…というのはドリスはもちろん、他の誰もが思うところである。そうでないとこんな大規模な組織運営なんぞできるわけがない。