TheRootSeller 外伝 6 「魔法使いを探せ！」[1-17]

「お待たせー」
「待ってないぞ、別に」
「あんたも納めて来たら？」
「もう納めてる」
「…あれ？」
　黒っぽい服を着ているジェドのそばに、もう一つ、小さな黒い影？がある。寄り添うようなその影？は一回り…いや、もっと小さく見える。
「…お兄様…？」
　じっとドリスを見上げてくる、その黒い影。
「コレ、どなた…？」
　…コレ、と来たか…。

　お兄様、と呼んでいるからジェドの妹なのは間違いないだろう。よく見るとどこか似ているような気もする。顔だちとか、背格好とか。何よりも服装のセンスに明らかな血縁関係を感じる。
「気にするな。ただの商売敵だ」
「べっつにそんなんでもないけどなー」
「しょうばいがたき…」
　ちらり、ではなくぎろり、と見上げてくる…？
「敵、なのね…」

「…えーと」
　体の半分はジェドに隠すように、その袖の端をしっかりぎゅっと握って放さない。顔だけこちらに向けてくるような姿勢。
「お兄様の敵はわたしの敵でもあります。…お名前をおっしゃってください。わたしはリーゼロッテ・イヴ・フォルティーン」
「えっと、ドリス。ドリス・アンフェルンです…」
　どうにかしてよ、とジェドの方を見てみる。が…こちらはわざとなのかそれとも本当に集中しているのか掲示板から目を離そうともしない。
　…あ、勝手にしろってか。
「ドリスさんですね。わたしのことはリーゼと呼んで下さっても結構です」
　もちろん親愛の情を込めて、とかそんな表情ではない。
　…なんかめんどくさそうだな…。
　ジェドのそばから敵対心丸出しで睨みつけてくるのだ。これがめんどくさくないわけがない。

「わたしもタブレットを持っています。この呼び方はあまり好きではありませんが『幽霊ルートセラー』です」
　ドリスのようにあちこちを行商して回っている連中は普通に『行商ルートセラー』と呼ばれている。それに対して店舗を持って営業していて、行商をせずに定住しているルートセラーは『定住ルートセラー』と呼ばれる。ルートセラー、とひとくちに言ってもその形態は様々。薬協…『薬草』『販売』促進協同組合が管理するからほとんどのルートセラーは薬草の販売などに関係している、という説明に間違いはないだろう。
　しかし…そもそもこういった分類に意味はない、という識者もいる。細かく調べていけばいくほど『行商』『定住』だけでは網羅しきれないほど色々なルートセラーが存在しているのだ。中には薬草を販売していない連中もいたりする。
　実はルートセラーになるのに特に資格などは必要ない（そもそも薬協そのものが前述のようにいいかげん？な組織でもある）。どこかの薬協支部へ行って『承諾書』と呼ばれる申込書に記入して、銀貨一枚添えて管理人に申し込めばそれでタブレットを発行してもらえることになっている。極端な例では旅先の記念にタブレットを、ということもあったりする。タブレットには申請した薬協支部の名前が刻まれる（ドリスの場合は『ラチャク薬協』）ので、それをお土産に…というわけ。鍵付き革ケースに収まってはいるが、専用の鍵がなくてもこじ開けるのはそれほど難しくはない。何だったら革ケースは捨てるつもりで破壊してしまえばいい。…銀貨一枚で買える観光メダル、ということである。
　いくらなんでもそこまでは…と思うかも知れないが、特に禁止されているわけでもないのだ。
　そういった連中とはまた別に、中には薬草を売るつもりもない、ルートセラーならではの特権？だけを利用しよう…という連中も存在する。それらを『幽霊ルートセラー』と呼ぶことがあるのである。

「お兄様とお揃いです」
　…なんでそこだけ嬉しそうな顔になるかな…。
　ジェドのようなバイヤーにとって最も重要なのは『情報』である。それがここではこうやって手軽に手に入る。
　例えばジェドが今熱心に見ているのは『美術品・工芸品専門掲示板』だが。こういった専門的な情報を他で大量に集めようと思ったら…それ系の連中がよく出入りする、とされる酒場に入り浸るとか…何人もの作家や他のバイヤーたちと濃密なコネクションを構築していくとか。そういった努力が不可欠である。しかし、ここでは月に銀貨一枚払うだけで（それすらも不必要かも知れないが）この膨大な情報量を誇る掲示板をじっくりと心ゆくまで眺めることができる。
　…ここ、薬協支部そのものに入るのにも別にルートセラーでなくてもいいのだから、そこまでする必要はないのでは？　と言われそうだが…ノスクルバーグのバイヤーには他にはない独特のしきたりがあってそれが『幽霊』を増やす原因にもなっている。一種の『バイヤールートセラーギルド』的な組織があって、ここがまた色々な活動をしているのだ。非公式な組織なので表立っての活躍はないが、それでもバイヤーにとってはさらにうまみのある関係になっている。

　それでもこういうのはノスクルバーグならでは、と言えるだろう。地方都市の薬協支部ではここまでの情報量は期待できないからだ。