一晩泊めてもらって、いざホテル・カラダリへ。オークションの日程としては中ほどで、それほど悪い日取りではない。
　しかし大きなホテルではある。目の前にどどどん、とそびえ立つその威風堂々たる外観…どっかの寺院とかお金持ちが出資した市場の天蓋とか、そんなところでしか見たことのないような造形やら彫刻やらが満載の風景…を見上げて、ついつい口をぽかんと開けてしまうドリスではある。
　いくら「飾り」が多いとは言え、決して成金趣味だらけの敬遠を覚えるような風景ではない。配置や構成に趣味の良さがにじみ出ていて、いくら眺めていても飽きないような、不思議な気にならないでもない。そんな結構なホテルにまさかルートセラーの背負子やらのぼりやら持って来るわけにもいかない。
　不承不承、と言うか止むなく、とでも言うべきか。リーゼが部屋で預かっておいてくれると言う。
「報酬からその分引いておきますからね」
　と、唇の端っこ辺りに明らかな不機嫌貼り付けたまま、了承してはくれたのだった。本当は当人も二人にくっついて乗り込むつもりだったらしいのだが…在宅でどうしても仕上げないといけない仕事（内内であまり人目に触れさせて欲しくない、上得意先だからどうしても断れない、とか何とか）が舞い込んでしまったので、やはり不承不承、いや、泣く泣く部屋に残ることになったのである。

「なんか歩きにくいね、コレ」
「そう言うな。仕事だ。きちんと報酬も払ってやるって言ったろ？」
「…そういうことなら、仕方ないかあ…」
　報酬。ドリスが頼まれた仕事というのはそれほど難しいことではない。あくまでバイヤーであるジェドの手伝いである。
　オークションはピンからキリまで様々ある。個人の、それもシロウトが開催するようなものならともかく、ホテル・カラダリの一室を借り切って催されるような規模、となるとそれなりの人脈やら地位やらがないと見物することすらできない（ドレスコードがあるのもそれが一因でもある）。
　ジェドくらいのバイヤーならオークショニア周辺とも繋がりがある。特に地位や名声がなくとも入場して競りに参加できる「株」くらいは準備できる。ジェドの場合はそれなりの地位にある古い友人とやらからのコネで、常時入場・参加できる「株」を用意してもらったのだとか。しかし、あくまでもジェド個人の「株」であって他の人間には適用されない。この辺はきちんとしていて例えリーゼのような血族であっても無理である。
　それでも何らかの手伝いや助手は必要となる。
「今回はちと特殊でな」
「ほー」
「ちょうどいいタイミングでお前さんがいたからな。それで手伝ってもらおうと思ったんだ」
「あー…さいですか」
　…で、なんでそんなヘンな笑み浮かべてるかな。
「まあ、頑張ってくれよ、助手クン」

　報酬は「最低」銀貨10枚である。銀貨10枚だけはどうなっても払う、と。しかしそれ以上欲しいのならそれプラス何かやってくれ、と。つまりジェドが評価して「それ以上」と認めれば銀貨10枚以上をドリスは手に入れることができる。しかしそれほどでもない、と思えば銀貨10枚だけ、ということらしい。…歩合制、と言えないこともない。
「何やったらいいの？」
「色々だな。要は狙った品を効率よく落とせればいい。その辺の駆け引きは…お前さんなら得意だろ？」
「やだなあ、人を守銭奴みたいに」
　ホテル・カラダリはホールも広い。こちらも荘厳かつ品格にあふれた造りとなっている。人の背丈ほどもある透明なガラス戸を開けてもらうと…こういうとこでは自分でドアを開けたりしない。ドアボーイと呼ばれるそれ専門の人たちがうやうやしく開けてくれる…まずは女神をかたどった大きな彫刻が出迎えてくれる。背の高いドリスなんぞよりはるかに高い、天井に迫らんとするほどの女神像である。
　が、その見下ろす瞳は柔らかく優しく、慈愛に満ちている…ようにも見えるが全部乳白色一色だから瞳だけではそうは見えない。顔の表情や身体の作り込み、姿勢の表現方法などから、そういう風に感じ取ることができる、ということである。そしてさらには厳かな威厳や悪戯っぽい愛敬すら抱かせる。やはり逸品なのだろう。
　ほわあ、とここでも思わず見上げてしまうドリス。
「…石、かあ…」
「彫刻だからな。色味のない白い石ほど好まれる。…それにこれは結構な品でな。そうだな…金貨800万から1000万は下らないな。まあ、売り買いするようなものじゃないんだろうが、な」
「いや。そういうことじゃなくて…」
　…石、かあ…やっぱり石、なんだよねえ…。

「ほれ」
「何？」
　くい、と右肘を突き出してくる。
「こういう場では女性は男の肘につかまって歩くのだそうだ」
　見回してみるとそういうペアが多いようにも見える。
「そういうもん？」
「そういうもんだ」
　ちょっと戸惑ったけれど、まあ、そういうことなら従っておくか…とジェドの肘辺りにつかまってみる。リーゼが見たら発狂しそうな様相。と…

「おや。珍しいねえ…君がアシスタントを連れてくる、なんて」
　後ろからそんな声がかかったのだった。

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