TheRootSeller 外伝 6 「魔法使いを探せ！」[1-27]

「何、その方が面白そうじゃないか。いいだろ？　別に？」
「勝手にしろ」
　席の順番は特に決まっていないらしい。それぞれが思うように…なんかその辺も色々あるんだろうな、舞台に近い方がいいとかそうでもないとか。しかしそれぞれが着きたい席にその身をうずめていく。
　ドリスの前には神経質そうな中年の男性が座っている。
　度の強そうな眼鏡にやせた体型。すでに老眼が始まっているのか、手にしている書類の束にこすりつけるように目を近づけて…何やらぶつぶつ口にしながら丁寧に一枚、また一枚、とめくっていく。それは宗教的儀式にも見えるほどに重々しい仕草だが…時々「ええい、また違った」「ここじゃない…だと？」「ふふんふんふんふん、なるほどなるほど」など明らかにノっているような言葉も漏れてくる。
　右側にはジェド。その前には誰も座っていない。と言うより目の前の横一列にはあのやせ型の男性しか座っていない。
　そしてなぜか左側にはミラン。つまりはドリスは二人に挟まれるような格好になってしまっている。

　時間が過ぎると少し混んで来る。そこらから上がる人の話し声がざわめきとなって小さな波となり、あっちからこっちから寄せては…返し、寄せては…返し、を繰り返す。重なり合い、乗っかり合い、ぶつかり合う。
　目の前の横一列にも人が集まり始めた（別にそんなに有力そう？な席次でも何でもないのだが）。やせ型の男性の両隣を一席ずつ空けて座席が埋まる。
　ジェドの右斜め前には女性二人のペア。一人は…やはり着飾ってはいるのだが、恐らくはドリスと同じような状況ではないのだろうか。…明らかにこういうドレスめいた服を着慣れていない。裾を気にしたり肩口を何度も触ってみたり。ドリスだって何度か首を回したりしている。なんだかどこかに文字通り首の皮一枚引っかかっているような、でも何ともなっていないような、どこかに閉じ込められたようなちぐはぐな感覚に陥っていたりするのだ。
　対してもう片方はこういう場に慣れているのが見てとれる。りん、と背筋を伸ばして椅子に収まっている。無駄に手足や顔を動かしたりはしない。しゃべることもなく…とやや感心？していたらいきなり口元を覆って笑い出した。となりの女性と一瞬顔を合わせて…やはり一緒になって笑い始める。

　そこまで大声で笑っているわけでもなく。二人とも口元を手で覆っているから格段にヘン、というわけでもない。が…二人して少し腰を曲げるように笑い合っているこの状況、と言うのは一体何がどうしたのか。舞台上に動きはない。目の前で誰かが何かやらかしたわけでもない。笑い出すような要素なんぞ何もなかったはずなのだが…？
　…まあ…幸せそうだからいいのかな…。
　としか思えない。友人同士…いや姉妹なのかも知れない。あるいは少し縁の遠い血縁とか。少なくとも仲は良さそうである。

　左隣のミランの前には…正確にはミランの斜め前には恰幅の良い男性が一人。大仰に腕を組み、足を投げ出すように座っている。
　やや寂しげな頭部がかすかに上下している。貧乏ゆすりというやつだろう。しばらくはそんな状態で大人しく？していたのだが…やがて頭をかいてみたり顔をつるりと撫で上げてみたり。ぐい、と亀のように首を伸ばしたかと思えばうつむいて大きな大きなため息をついたりしている。明らかに落ち着きがない。
　…早く始まって欲しいのかな。
　とか思っていたら隣に慌てた様子の若い男が滑り込んでくる。それを見ると…満面の笑みをにまあ、と顔中に広げて若い男の背中をばんばん叩いていたりする。待ち合わせていた部下か何かがやっと来た、とかそんなところなのだろうか。若い男が持ってきた書類の束？といくつもの革袋？を確認しながら、額を突き合わせるようにぼそぼそ小声で何やら話し始めた。内容までは聞き取れない。

「どうだ？　色んなのがいるだろ？」
「そうね…ま、少なくともこういうとこでないと会えそうもない人ばっかね」
「それがノスクルバーグなんですよ」

　そう言えばミランは一人だけのようだ。書類を持つでもなく、何をするでもなく。肘置きに置いた右ひじに少し、体を寄せるように顔を寄せ、あごの辺りに軽く指先を添えて…何かを待っているようにも見える。
「連れとか来ないの？」
「いませんね。僕はソロが基本なんでね。…ジェドもてっきりそうだと思っていたが今回は違うようで、独り身同盟としては残念だね」
「誰が独り身同盟だ」
　とか話しているうちに周囲のざわめきの波も大きくなってくる。いつの間にか目の前のやせ型の男性の両隣も埋まって（女性ペアと男性ペアがそれぞれ内側に一席ずつ詰めている）ジェドとミランの隣も埋まっている。ちら、と後ろを見てみると…やはり立ち見している人たちまでいる。盛況である。
　舞台上での動きも大きくなってくる。係員と思われる人たちが何人も何人も行き来を始めたのだ。かなり忙しくなってきているのがここからでも見て取れる。

　まず運び込まれたのは演説か何かできそうなほどに大きな…台。教卓のように見えないこともないが、恐らくはこういう場で実際に演説に使われたのではないだろうか…と言うほどに大きくて立派な装飾も施されてある。まさか舞台用の小道具というわけでもないだろう。ただし、リハーサルも兼ねているのか、舞台上で何やらチェックしているオークショニアのデイブ氏の堂々たる体躯と比べてしまうと…やや貧相にも見えてしまうのは仕方ない、と言えば仕方ない。
　そしてテーブルに黒板。どれもこれも装飾が見事である。やはりこういう場ならでは、なのだろう。
「そろそろ始まるな」
　ジェドが身を起こす。
「そうだな」
　ミランもやはり、身を起こす。…そうか…始まるのか…。
「ラサルートオークションの始まりだ…」