TheRootSeller 外伝 6 「魔法使いを探せ！」[1-39]

「な…なんのことだ。何を…言ってる？」
　急いで荷物をまとめてさっさと立ち上がろうとする。
「ぼ、ぼぼ僕は忙しいんだ。でたらめな話がし、したいならよそを当たってくれ」
　が、その手をそっと押しとどめるミラン。無理に押さえつけるのではなく、そっと、あくまでもそっと押しとどめる。
「いやいやいや。バイヤー業界を甘く見ないで頂きたいですね。これくらいの情報なら結構簡単に手に入るものなのですよ。そう…例えば」
　中腰の姿勢のまま。相手の目をやはりそっと覗き込む。
「あなたが本当ならヴェーラ村では一番手筆頭となるはずだったフォルテウ・ディ・ラ・エフマンテその人だ、ということもね？」
　それを聞くと…肩を落とし、そして…力なく椅子に落ちるように座り込んでしまう。
「そ、そんなことまで…知ってい、いるのか…」

「…何話しゆうがやろ？」
　一方のドリスは手持無沙汰、というやつである。辺りは休憩、ということで皆ばらばらに、それぞれのグループで話し合ったりしている。結構気の抜けている？ような雰囲気なので（休憩中でもあるし）これまでのようにひそひそと話し合う、とかそういう場面だけではない。大きな声で笑い合ったりしているグループもあったりする。
　それとは逆に沈痛な面持ちで額寄せあったりしているグループもあったりする。うまくいかなかったのだろうか。
「あーあ、どうしよっかなあ…いいチャンスだったんだけどなあ…」
　この人ももそういう人たちと同類なのだが。しかし落ち込んでいても仕方ない、ということを彼女はよく知っている。
　…また他、当たるかなあ…。
　両手にあごを乗せたまま、天井を何気なーく見上げてみたりして。さすがに高級ホテルなのである。天井の細工も美しく精緻なものである。しかしドリスが注目しているのはその繊細そうな彫刻ではなく、アーチ状の天井にそれらを支える石組みと思われる支柱だったりする（それらにも結構豪華な装飾が施されてあるのだが）。
　…あー、アレ結構手が込んでるよねえ、こんだけ大きなハコなら屋根だけで支えるのも大変だろーしな…。
　屋根の重みなどの「力」を分散させるためにしっかりと素材や材料を組み合わせる。そこには大変な知識と労力が必要となる。もちろん、時間と手間とお金も潤沢に必要となるのだが…。

　…あ。
　ふと、視線を落とす。さっきまで斜め前に座っていた女性二人組。さっきのオークションに競り勝ったあの二人が戻ってきている。その手にはあのパウカイ獣紙。専用の木箱も同時にもらったようで、紙を巻いて収められるよう、細長い木箱が傍らにある。しかし、そこから取り出して…二人して正に宝物を眺めるように、丁寧に、しかし楽しそうに見入っては…にこやかに何か話し合っている。

　今は二人もドリスの真ん前に移動してきている。こっちの方がゆっくりと品定めできる、と踏んだのだろうか…。実はミランとジェドに絡まれて？いるフォルテウ氏はすでにもっと前の方の席へ移動してしまっていたのだった。こういう大きなオークションでは参加者の席次がすぽすぽ入れ替わることはよくあることでもある。実際、ジョー・トフォイの絵を手に入れた男性二人組はもう帰ってしまった。
　目的のものが手に入れば用はないのである。もちろん、逆に手に入らなかったら…それでも、もう用はない。
　ただ、今回のオークションはブラインドオークションである。通常なら事前に配布されてあるカタログでもって、あらかじめ目星をつけてから臨むもの。出てくる品が分かっているのだから、不要品ばかりになったらさっさと帰ってしまった方が時間のムダがない。
　しかしブラインドでは…ひょっこりと目当て以上の品が出てこない、とも言い切れないのである。だからそれなりの数、こうやって残っているのだろう。手にした品に満足した連中から帰っていく。

　まだ帰っていない、ということはこの二人組はまだ何か落としたいものでもあるのだろうか？
　あるいはただただ戦利品をじっくり眺めてみたい、とそういうところかも知れない。何しろ喜び方が尋常ではなかったのだし。…と、ドリスは（さすがにあんまり良いことじゃないよねえ、と分かりつつも）少しずつにじり寄っていって…こっそり後ろから覗き込んでみた。後ろの席の方がやや高くなっている、観劇用の座席ならではの造りの恩恵でもある。
　…ほー。
　ドリスの目的はあくまでもダナーブ文字である。
　…ふーむ…。
　記されてあるパウカイ獣紙は、まあ、正直どーでもいい。
　…ん？

　…あれ？
　ダナーブ文字は基本タテ書きである。記された横棒が何本も並ぶが、一文字の「幅」が結構広いのでヨコに読んでしまいそうになるが…あくまでも「タテ書き」である。最も上の右端にある文字の幅、これに準じてほとんどの文字が同じような幅で並んでいる。
　…なんか…幅がぐちゃぐちゃ？
　紙そのものがタテ長なので、せいぜい三文字が横に並ぶくらい。最も、一番上から一番下まで文字が敷き詰められてあるから、文字数としてはかなりのものになっている、はずである。
　しかしこの文字列は…基準となるべき最も右上の幅と左側、さらにその左側の文字の幅が…まず違う。
　さらにその下へと重なる文字列も…幅がそれぞれ違っている、ように見える。ルチアーノや博学士のところで見たダナーブ文字と比べると…
「なんか…崩してある？」
　思わず声が出てしまう。そして…なにごと？と振り返る二人組と目が合ってしまったのだった。