TheRootSeller 外伝 6 「魔法使いを探せ！」[1-41]

　その没落貴族筆頭の娘？はただ今絶賛叱られ中である。
「何ですか、テオ！　そのだらしない姿勢は！」
「だってぇ、こっちの方がラクじゃん！　いいじゃんか！　別に！」
「いけません！　さ、テオもこちらに来るのです！　他の方にご挨拶するのに座ったまま、ということがありますか！」
「いえ、そんならあたしがそっちに行くから…」
「え？　いいよいいよ、こっちから行くし…っとお！」
　上半身を預けていた肘から右手へと軽く力を込めて…支えているその一点を支点にして身体を軽々と回転させて、あっけなく背もたれを跳び越えてしまった。
「あら。…身軽」

　恐らくは右腕を突っ張るのと同時に両足で床を蹴っていたのだろう。でないとここまで綺麗に両足揃えて背もたれを跳び越えるなど、まずできない。これはもちろん彼女が特別に力持ちだ、とかそういうことではない。力を込めるタイミングと自重を支える蹴り脚のバランス。その辺のセンスが抜群、ということだろう。
　ただし…
「テオ！　何をはしたない…ああ、もう…あなたは、ほら、こんなにお召し物の裾を…ああ、もうもうもう…！！」
「いいよ、こんなひらひらしたの」
「いけませんいけません！　どんな言い訳してもいけません！　お召し物はきちっと着るべきなのですから！」
　すでに主従を超えて親子…それすらも超えてしまっているような気がしないでもない。

「それよりさ、この人ルートセラーだって」
　ドリスを指さす（もちろんそんなことしてはいけません！　と怒られる）。
「薬協支部に行く手間、省けたじゃん」
「え、まあ…それはそうですけど…」
　…ああ、そういうことか。
　なんとなく事情を察したドリス。やはりちょい営業用入った笑顔のまま。
「何か依頼でもおありで？　話聞くだけならタダでいいですよ？　何なら内容によっては必要経費だけってことでも」
　恐らくは懐事情がキビシイのだろう、と。相手は貴族は貴族なのだが、没落貴族のその筆頭なのだ。

「…何せさっきは失礼しちゃいましたし」
　案の定、ホっとした顔になるアデラ。…やはりキビシイようである。
「そうして頂けると大変ありがたいのですが…」
　ちら、とテオドラを見る。口元は扇子で隠したまま。
「いいじゃんいいじゃん。悪い人じゃなさそうだし。この際だからこの人に決めちゃお？　ね？」
　…色んな意味で軽いなー…。

「ご相談というのは他でもありません。先ほど落札しました、この品のことでございます」
　と、さっきまで二人で楽しそうに眺めていたダナーブ文字…いや、クルガ紋様が描かれたパウカイ獣紙である。
　なお。当然この品はさっきまで二人が座席（つまりは背もたれの向こう側）にあったのだが、テオドラがひょい、と跳び越えてまたひょい、と跳び越えて身軽に持ってきてしまった（そしてもちろんそんなことしてはいけません！　と怒られる）。
「ああ…ダナーブ文字…」
「だな、何ですの？　先ほどもそんなことをおっしゃっておられましたが…？」
「あ、いえ…それはまた別の話なんですが。で…どうしました？」
「実は…ちょっと申し上げにくいのですが…」
「ぶっちゃけね、お金がないの」

「テオ…そんなストレートに…」
「まあ、事実だからしょうがないっしょ？」
「でもこれを落札できたってことは…金貨51180枚は持ってるってことですよね？」
　そうでないと落札なんかできるわけないのだが。
「それは…もう。ただし手形ですが」
　金貨50000枚以上持ち歩くのはたしかに骨、である。そこで手形と呼ばれる証書？に金額を記入する、というのはジェドやミランなどのバイヤーがよく使う手法だ、というのは前に述べた通り。そしてこれはバイヤーだけの手段ではない。
　いくら絶賛没落中とは言え貴族は貴族。それなりに信用はあるのだから銀行と契約してあれば手形を作成することは十分に可能である。

　しかし、ふと。なんかイヤーな予感が。
　…カラ手形？
「まさかと思うけど…」