TheRootSeller 外伝 6 「魔法使いを探せ！」[3-47]

「そうだな。ちと早いかも知れんが…」
　ゆっくりと天井を仰ぐエドガー。
「頃合ってやつかねえ…」

「そうだ。頃合ってやつだ。あんたがヌメロ13渡したってことは…ごまかしの効かねえ本命ってこったろ？　違うかい？」
「…まあな」
「俺から見ても目の前のこいつはホンモノだ。知識も度胸も…な。…どうだい？　俺と勝負してみねえかい？　どうだ？　嬢ちゃん？」
　目を閉じて、すうう…と息を吸って…軽く吐く。格の違い、存在感の差、というものをこの場で最も感じているのは当のルチアだろう。
「いいでしょう。お願いします」
「そうこなくちゃな」

「ほらよ」
　賭け銭を前に、というエドガーの合図と共に出してきたのは…
「はああうううあああ…ああ…あーーー…」
「は。どうだい？」
「うああ、あーー…はーー…ははははは…はうっ、はー。はー…ほうっ！」
「想定以上の反応、ありがとうよ」
　がはは、と笑って見せる宿屋のオヤジ。

　…大丈夫やろうか、この子
　ドリスがそう心配するほど、ルチアの反応がおかしい。
「ね、ねえ…ちょっと、大丈夫…？」
「いえ、はい、ちょっと、息を、するのを忘れて、ましたけど」
　ぐるん、とドリスを見上げる。…その目は…正気を…いや明らかにおかしいだろ。
「んええ、いや、はー…眼福、がんぷく、眼福…とは正にこーいうのを言うんでしょうねえ…うへへ、へへ、ははははははははは」

　見た目はただの古びてすり減ってる銅貨である。それ以上でもそれ以下でもない。もしどこかでお釣りで出て来たら、ドリスなら問答無用で追加の銅貨を三枚要求するくらい。
　しかしその存在によっておかしくなっているのはルチアの態度だけではない。オヤジがその硬貨をまるで心付けでも放るようにテーブルに出した瞬間、どよめきが波のように沸き起こり…やはり波のように会場の隅々にまで流れ行き…そして収まっていく。
　…いや、収まることはなく。それぞれがひそひそと交わす小声とささやきとなって会場の底から天井まで満たしていく。
「ふーーむ…」
　腕組みしながらやや前のめりなアザミナ姫様。
「何と言うか、アレだな。あの銭は…何か…うーむ…そうだ、アレだ、斬れんな、ウム、そうだ、我には斬れん銭だな」
「さすがでございます、アザミナ様。それがしも全くの同感でございます」
　…何を斬る気だあんたらは…

「では」
　メリばあさんの声はあくまでも穏やかで落ち着いている。
「勝負を始めようかね…？」

　…勝負っつってもねえ…？
　ルチアの態度や会場の雰囲気を見ればドリスは一発で分かる。恐らくあれが本命なのだ。希少なタチミカ製の銅貨。ただ…そんな代物にルチアのあの一枚が釣り合うかどうか、と言うといささか心もとない。
　…あれもなんか見たことないし…

「いや、はっは、いきなりそれとこのヌメロ13で勝負ですか…いやー…ははは」
　なんとか息を収めて、それでも肩の上下は隠せないルチア。
「はあ…ふう。釣り合わないけど釣り合うような、ビミョーなとこですね、ねえオヤっさん？」
「ほう、やっぱり嬢ちゃんもそう思うか」
　何度も何度もうなずく。
「その辺は俺も同感だ」

「ええ。もちろん。…ヌメロ13。後世の研究者が名付けたヌメロ1からヌメロ15まである、存在すらあやふやな古シポルニアス王国が発行してた、とされる15硬貨のうちの一つ。他の14硬貨は期間の重複はあれど数十年単位に渡って流通していたという伝承もあって、古銭マニアにはそれなりに名の知れた硬貨です。が…ヌメロ13だけはその鋳造期間が1年あるいは2年と非常に短かった、と後の世の有閑貴族の手による『マスダンレル年代記』にもその記述があります。これの伝第三写本には原材料枯渇による鋳造量不足や当時の統治政権が不安定だったことや、一部の鋳造所の武装蜂起など業界の大規模騒動が記載されてますし…さらに最近では流通期間はわずか半年だった、という推論すらあります」