TheRootSeller 外伝 6 「魔法使いを探せ！」[3-48]

「あくまで通説では、ですが。あの古シポルニアス王国の通貨だった、とされているんです。かの巨大帝国の一角を担っていた、ともされる国家」
　そこで一旦言葉を切る。
「近世どころか新古期よりもさらに昔の古期の通貨ではないか、ということです。一般的な教科書的認識では硬貨が存在せず簡易的な貝や金属片を物々交換の仲立ちにしていた、とされるその古期にあって現在のシポルニアス王国その他の王国群の礎となった可能性も指摘されて…の割には痕跡がクソほど少なくてその存在を疑う研究者もいつの世も一定数いるくらい謎の巨大国家群。確定的な遺構が出てない、信用できる記録があるようなないようなもん。あるのは言い伝えと個人の日記程度の文献と…過去の学者の研究記録だけ。古シポルニアス王国含む巨大帝国てのは研究者によって解釈に常に大きなズレをはらむ存在です」

「そもそもヌメロの呼称もよく分からんからとりあえずナンバリングしとけ、とかそんなもんが由来ですし」
「さすがに詳しいな」
「身近にアレにこだわった上司がいましてね。…ま、これは銀貨、とも言われていますがその詳しい成分はサンプル数の不足もあって今でも不明。劣化や摩耗の度合いから複数の異なる素材を合わせた一種の合金であることは分かってますし、その成分を特定したって論文も複数あるにはあります。だけど…成分分布の明確な詳細が分からない。どれをどんな割合で配合したのか、どんな方法で鋳造鍛造したのか。その辺りはほとんど何も分かってないのが実状で…こんな風に言っちゃっていいか分かりませんが、奇跡の硬貨とまで呼ばれています」
　そ…とその奇跡の硬貨をテーブルに置く。その硬貨は、まるで少し古い銀貨のようにも見えて古びた様子は一切ない（ドリスでもフツーに銀貨一枚として受け取っていただろう）。
「正直最初にコレをオゴリで渡してくる古銭市場ってどーなんだ、どんだけ余裕があるんだ、って思ってましたけど。…おかしいですよね。これじゃまるで…」

「そうだ」
　と、宿屋のオヤジ。こちらはテーブルの上の古びた銅貨にちらり、と鋭い視線を送る。
「俺らはこれを誰かに渡してしまいたいのさ。この…呪いの銅貨をな」

　…呪い

　一瞬、ざわりと妙な言葉の群れが場にわだかまる。…どうもエドガーと宿屋のオヤジは詳しい事情？を知っているようだが…？
「いい。続けな」
　ごくごく自然に視線が集まった先にはメリばあさん。
「こういうのは古いもんにはよくあるこった。違うかい？　さ、さっさと吟味を続けな」
　…まーたこのばーさんは知ってるんだか知らないんだか…

「呪い？」
「呪いは呪いだ。他になんもねえよ」
　…と、そこまで言っておいて、さー困ったな、どー説明したらいいんかな、とでも言い出しそうに後ろ頭をかいたりしているオヤジ。
「…ちゅうしょうてきすぎってやつか？」
「ですねえ」
「だろうな。俺もそう思う」

「そこらは俺が説明しとくか。本来は吟味の時に俺から口出しはしねえんだが…いいだろ？　な？」
　と、エドガー。ちらりと見上げた先のメリばあさんは…早くしとくれ、とばかりにしっしっと手を振って見せる。
「そもそもはポーが持ってたんだ。ポーのことは知ってるな？」
「ポーじいさん？　先代の顔役の？」
　ルチアの肩に手を置きながら、ドリス。こちらも口を出すつもりらしい。
「そうだ。ノスクルバーグからこっちに移ってくる時から、って話だった。その辺は…やっぱメリばあさんが詳しいか？」

　それを聞くと、はーーーーーー…と思い切り大きなため息。
「やっぱりあたしに言わせるかい？　それ？」
「いいじゃん大舞台じゃん」
「うるさいよ、アラン。…仕方ないねえ、手短に済ますよ。…あたしゃね、あの人の弟子だったのさ。いや待てよ…弟子？　いや子分その一か…いやいや共同経営者とかそういう言い方もできるか。とにかく、あの人がアマラ離れる時ゃ、あたしが代役一号やってたのさ」

　…あー、そういうことか
　土地の顔役は圧倒的に世襲が多い。地盤を引き継ぐのに最も身近な上に周囲の了解も得やすい。あの人の子供なら任せられる、とそういう流れになりやすいのだ。
　…でもエドガーは違う
　ポーじいさんに直系の子供がいるのかどうかは分からない。エドガーは血族、ということは分かっているがそこまで濃い血筋かどうかも分からない。しかし今では見事に跡を継いでいる。が、その前、特にポーじいさんの力が衰え始めた頃はどうだったのだろう？
　ドリスはそういう事例をいくつも見てきているから知っている。
　後継者がいない、あるいは地盤が弱くなった組織は長続きしない。ほぼ必ず一悶着起きて組織が分裂するか崩壊する。分裂した組織のその先には決定的な衰退が待っていることが多い。もちろん分裂したからと言ってその組織がなくなってしまうわけではないが…大抵の場合大きく変革するかよその組織に乗っ取られることが多いのである。