さらに…新任長官シームスの存在だ。
彼はその実直な性格で長老衆の覚えもいい。それどころではなく多数の国民にも「先生」と親しまれている。実際に学校を作る計画があって、ぜひそこで先生をやってもらえないだろうか…という話があるほどだとか。彼なら二つ返事で了解するだろう。
しかし。こんな他国から見たら化け物としか見えない国で、そんなことまでやってくれるのかどうか。いや、真相を知ったらさすがに帰ってしまうのではないか…。
全ての村の長老衆が何度も内密に話し合った結果、感謝祭は彼がいない時に行うことに決めたのだと言う。時期的に春になるので作物のことなどで相談事が増える時期でもある。どうしても忙しくなる。彼やその部下たちがいない村で感謝祭をやって、いる村ではおとなくしていよう…となったのだとか。
だが、彼が中央に「化け物がいるからどうにかしてくれ」という書面を送っていたとは露知らず。実はシームスが来る以前に二度ほど中央から役人が来たことがあって、その時は正直に状況を明かしたのだという。しかし最初に来た役人は現場を見てオカシクなってしまい、国許に帰されて今は病院にいるそうだ。二度目は…慌てて逃げ出して渡し舟を無理に出させて、大河ランスミットに落ちて呑みこまれてしまった、とのこと。
「だからって、なー…」
エーセストもフォロス老人も役人ではない。身分としてはただの「一般市民」である。魔法選任官と銘打ってはいるが、ある程度の権限までしか許されていない。一国の国政にまで口を出せる立場ではないし、そんな権限もないしつもりもない。
「どうしますかのう…」
それに元々はその『牛頭』を退治しにここまでやってきたのではなかったのか…？
「おう、どうだか？ 何かいい考え、出ただか？」
脳天気な顔でアレクサンドロがやってきた。昨日、あの場でどうにかしてシームスにここに残ってもらいたい、しかも我々の正体を明かした上で…と皆にお願いされてしまったのだ。彼はこのやっかいなお願いの連絡役なのである。ある程度でも知ってる間柄の方がこういうことはやりやすい、という『牛の頭』村選出の長老の配慮から、なのだが。
「んなもん、簡単に出るわけねーだろ」
「なんだ、機嫌悪いだなあ」
「当たり前だ」
「せんせえは今日にでも帰ってくるだ。ぜひぜひ頼むだよ」
ぜひぜひ頼まれたってどうしようもないこともある。適当に生返事で返す二人を残してアレクサンドロは帰って行った。
すでに昼も過ぎてしまっているのだが、いい案など浮かぶわけもない。うーむ、と唸りながら庭先のベンチに腰掛けたまま腕を組んでいる二人。なんとも穏やかな昼下がり、というやつではある。
「ただいまです。おや、感謝祭はどうでしたか」
そこへシームスが帰ってきた。相変わらず穏やかな笑みをたたえている。
「ああ…お帰り。そっちはどうだったんだ？」
と、エーセストが聞いてみると…かすかに眉を寄せる。
「それが、どうにも。やはり『牛の右脚』村で化け物による被害があったようなんです。私の部下の一人が村会議員をやっているのですが、彼がちょっと用事で遠出をしたその間に」
盛大に『感謝祭』やってたのだろう。その光景がまざまざと目に浮かぶ。
「…もう畑を中心にとんでもないことになっていましたよ。やはりどうにかしないといけません、これは」
沈んだ表情でため息をつく。そして、ふと何か思いつめた顔になる。
「バウアさん、無理は承知ですが、お願いがあります。もう少し、滞在される期間を伸ばして頂けないでしょうか？ その間の費用は全て私が持ちます。いいえ、それとは別にできる限りのお礼もさせて頂きます。お願いします…」
下草の生えたままの地面に髪の毛の先が触れそうになるくらい、深々と頭を下げてくる。
「いや、あの…その、な」
「もし足りないのでしたら中央から送られてくる私の給料、全部持って行ってください。それで化け物が退治できるなら本望です…」
目が真剣すぎるくらい真剣だ。この人なら本当にやるだろう。そう思う。中央には私腹をこやすためなら何でもやる、えげつない役人もごろごろしているが、こういう実直な役人もいる。しかし…その中でもここまで実直なのは、そうはいないだろう。
「…いかがでしょうか…」
「そこまで気を使ってもらうのも気が引けるし…それにまだまだ何もやっていないんだ。何らかの結果が出てからそういうことは考えようじゃないか。な？ な？」
「それはそうですが…」
「そうしよう。うん。俺もまだ何もやってないようなもんだ。これから色々やってみようじゃないか…なあ、アレハンドロ？」
「それがしの名はアクサンダにて…」
後ろからその太い首を絞める。効いているのかどうかは謎だが動きは止められる。妙な顔になっているシームスだが、それをなんとかなだめながら…ふと、ある案を思いついた。これなら納得してもらえるかも知れない…。
「どうだろう、ちょっとあいつの家に行ってみないか？」
あいつとはアレクサンドロのことである。
「え？」
「実はな、こっちでも昨日の夜、牛の頭が出たらしいんだ」
